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パナマからコロンビアへ行くために。 – David / Panama City, Panama

2階だての大型バスは、清潔で、満席で、そして冷房が効きすぎている。
12時を10分程過ぎて出発したバスは、東のパナマ・シティへと夜を駆け抜ける。

6時半には、パナマ・シティにある、到着ロビーと出発ロビーの分かれた巨大ターミナルへと到着する。向こうには、うっすらと明るくなった空に高層ビル群が広がっている。

ターミナルから、旧市街の歴史地区、カスコ・ビエホに向かうバスに乗る。みな、よく道を教えてくれる。

古い町並みの続く坂道の先には、パナマ湾があり、そして摩天楼がそびえたつ。その景色にみとれていたら、またここでもすってんと転ぶ。周りの人々に助けられながら、近くの宿へと向かう。

どうやら今はハイシーズンのようで、どのホステルも一杯のところが多いのだという。宿によっては5週間ほど満室が続いているということだったが、運よくHospedaje Casco Viejoに部屋をとることができた。

中庭で朝食をいただく。パンにバターやブルーベリージャム、シナモンアップルジャム、ピーナツバター、そしてバナナとコーヒーが揃っている。パンがなくなると、宿泊客は手慣れたように、バナナを輪切りにして、そのうえにジャムやピーナツバターを乗せて食べている。

パナマ・シティから、コロンビアまでの陸路での移動は事実上不可能だ。国境付近はジャングルであり、そしてまた治安も悪い。そこで、飛行機かボートでの国境越えとなるわけである。できればボートで行きたい。今日は、そのための調べものをする。

パナマ・シティやパナマの港にあるいくつかのホステルには、お抱えの船長というのがいる。宿泊しているHospedaje Casco Viejoの受付のお兄さんにボートでコロンビアに行きたいと伝えると、友だちがその手配をしているから話をしてみる、と言った。

1時間ほどしてその友だちというRaffaさんが宿にやってきた。既に10年以上ヨットの手配をしていて、色々な船長とのコネクションがある、と言った。最近では新しいホステルがヨット手配を始めることもあるが、お金儲けのことも多い、自分には船長との強い絆があるかるのだと、誇りをもって言う。

「次のヨットは7日にパナマ・シティを発ちます、船長はBrunoさんで、その奥さんIngridさんと二人でコロンビアのZapzurroという港に連れて行ってくれます。」

しばらくすると、Ingridさんが宿にやってきた。これから二人で他の客との交渉に行くのだとバルボアビールを片手に、言う。Ingridさんは、食料の買い出しなどの手配があるから、船が出るのは一番早くて9日です、と言った。

多くのヨットはサン・ブラス諸島を訪ねながら、コロンビアへと渡る。日にちの近いヨットはすでにいっぱいで、取れるヨットはたいてい5日以上後のヨットである。天候や客の集まりによって、出発日や港は変更されることも多々ある。Ingridさんも、今日の他の客との交渉によって実際の出発日と港を決めます、と言った。しかも、今は波が荒い時期であり、本来コロンビアのCartagenaまで行けるところが、パナマとの国境近くのコロンビアの港Zapzurroまでとしているヨットも多いのである。

フライトで飛べば1時間半のコロンビアがヨットだとなかなかに手ごわいのである。

夜ご飯は、お勧めをしてもらったパナマで一番歴史があるというカフェ、コカコーラに行く。1673年に建設されたバロック様式のメルセー教会に立ち寄りながら向かう途中、朝に道で転んだときに助けてもらった男性とまたすれ違い、心配をされた。そして、この辺りは治安があまり良くないから、貴重品は鞄にしまったほうが良い、とアドバイスを受ける。

レストランでは、中米の沖合でとれるニベ科の白身魚、コルビナをニンニクで焼いたCorvina Al Ajilloと、ポテトチップ、フリホーレスのスープとライスのセットを注文する。この場所は以前に中南米初のコカコーラ社があったようで、その名がつけられているという。

そのためかどうかビールが置いていなかったので、近くの商店でバルボアビールを買って飲むことにする。

魚はにんにくが効いている。バルボアビールは、軽い麦の味に苦味がある。レストランには、同じ宿で朝に言葉を交わしたイギリス人の男の子が来ていたので、同じテーブルで食事をいただくことにする。

日本に興味があって、以前に東京、京都、奈良、大阪、長崎にバスとホステルでの旅をしたことがあるという。到着初日にメトロの終電で浅草にたどり着き、そこからホステルを迷いながら探したこと、築地はメトロ駅に到着した途端に魚の匂いがしたこと、ハチ公像を見つけるのに1時間もかかったこと、京都はアジアでも他に例のない街であること。当時はお金がなくて食事の半分くらいがマクドナルドだったという。次回はお金をもって、もっと楽しみたい、と言った。

2月にイギリスに戻るまでにもっとスペイン語を上達させたいのだと言った。