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Nicaragua

ニカラグア―コスタリカ国境情報

1.グラナダから国境への行き方
①グラナダからRivas行きのバス(C$24.00)
(※市場を過ぎたところを左に入った、ガソリンスタンドの前にバス乗り場があります。)
②Rivasから国境の町Penas Blancas行きのバス(C$20.00)
(※①で到着したバスターミナルから出ます。)

2.国境の越え方
①Penas Blancasに着いたら、国境地域へ入るためのゲートがあるので、
そこに並び、US$1.00を係の人へ支払い、パスポートを見せて入る。
(※ツーリストカードをUS$1.00で売りつけてくる人がいますが、
出国窓口で無料でもらえるので、無視していいと思います。)
②ゲートを入ったら、まっすぐ進んだところにある建物で出国手続。
 窓口でツーリストカードをもらい、記入し、パスポートと一緒に提出。
 US$2.00の手数料を支払う。
③出国手続き後、①のゲートからみて、右方向のコスタリカ側へ歩いて行く。
(約500m。※暑いです。)
(※コスタリカ側に入る時に、パスポートを見せる所が2か所ありますが、
  特に問題ありません。)
(※進行方向右側に、長い列が見えて来ますが、これはSan Joseへのバスチケットを買う
  列ですので、並ばずに、左の建物に入ります。)
④コスタリカの入国手続をする建物でツーリストカードをもらい、
 記入して、パスポートと一緒に提出。

※San Joseへのバスは列に並び、チケットを買う必要があります。
※リベリアまでのバスは、直接バスに乗り支払います。
 すぐに乗れました。空いていました。

◎両替
コスタリカの入国手続をする建物の近くに、両替の人がいます。
1.00コルドバ=22.00コロンくらいで言ってきます。
なんとか頑張ったら、1.00コルドバ=23.00コロンくらいになりました。

ニカラグアからコスタリカへ - Granada / Rivas / Penas Blancas, Nicaragua

宿で今日もガジョ・ピントをいただいてから、コスタリカに向けて出発することにする。昨日の夜はすりすりとその身体を寄せて、ぐっすりと膝のうえで眠っていた猫も、既に起きている。そして、また膝のうえに軽やかに乗る。

果物や野菜、タイヤや金属品などを売っている市場は、朝早くから人々が働いている。

白い鶏と茶色の鶏、それぞれの色に分けられて二つの籠にぎゅうぎゅうと詰め込まれて売られている。

国境行きバスの出るリバスまで、定刻の8時にほぼ満席のバスが出発する。隣に座っていた女性は出発の際に顔の前で小さく十字をきる。

昨日、イスラエル出身のLironくんが言っていた「国境などなくなって、一つの世界にそれぞれ違うカラーの地域ができれば良い」という言葉を反芻する。イスラエルでは、常に次にいつ戦争が起こるのか、という会話が出てきたりするのだという。

そんなイスラエルからLironくんは離れることを決めた。家族は大切だけれど、ぼくは自由なんだ。そしてぼくは地球人だ、と長い睫毛の目を見開いたまま、言った。

バスが到着したリバスにもまたにぎやかな市場がある。

そこから国境のペニャス・ブランカスまでのバスは、より一層混雑をしていて空席はなく、立つ。道路わきには爆竹を売る店舗が並び、その横にネクタイをした人形が置かれていたりする。

茶色の馬が棺をひき、その後に大勢の人が列を成して追っていくのが見える。軍事施設のわきを通り、ずらりと並ぶ風車を眺め、牧場が続いた後、チョコレート色の大きなニカラグア湖が再びその姿をのぞかせる。

1時間ほどで国境に到着し、細いゲートに並んで1ドルのチケットを購入する。
そのゲートをくぐると、明るい音楽が流れる、なにやら公園のような場所があり、そこが入出国管理事務局なのである。

無料であるはずの出国用用紙の束を片手に、それを1枚1ドルで売ろうとする人々がいる。
簡単な用紙に必要事項を記入すれば、ニカラグア出国である。

幸せな街 – Granada, Nicaragua

宿をとったAmigosには朝食がついているので、朝は中庭が見えるテーブルで揺り椅子に揺られながら、いただく。運ばれてきた朝食は、ガジョ・ピントと、目玉焼きにトーストとコーヒーであった。

昨日イサベラ・ビュッフェで注文をした豆ご飯、ガジョ・ピントセットが「朝食メニュー」のリストの中に記されていたとおり、どうやらこのガジョ・ピントというのは、定番朝食メニューだったのである。

宿から東の方向にあるニカラグア湖まで歩いていくことにする。

町の中心であるコロン公園に面したカテドラルは、いくつかの部屋に分けられている。正面すぐの部屋は、クリーム色と水色、天井が若草色に彩られ、ある部屋にはキリスト像が十字架にはりつけられ、ある部屋では、ミサが行われており、ある部屋では岩の作りものに像が置かれている。

黄色く彩られた正面の窓の上にはSAN CANUTOと彫られているものの、窓から覗けるその室内は物置部屋と化しており、窓の外を眺めているのは、SAN CANUTOではなく、ニカラグアで尊敬を受けているSor Maria Romeroの絵であった。

カテドラルの横に置かれている大きなクリスマスツリーには、いくつかのプレゼント箱と、携帯電話会社でもあるClaro社の赤いボールが貼り付けられている。

コロン公園からニカラグア湖までのCalle la Calzadaは真っすぐな道のりで、レストランや家々は、紫色や水色、黄色にピンク、オレンジ色に青色とカラフルに塗られている。

道の途中には、Mombachoという葉巻メーカーの店があり、そこでは葉巻を作る工程を見せていた。聞くと、このMombacho社のオーナーは以前グラナダにスペイン語留学をしに来ていたカナダ人が5年半前に開業したメーカーだという。

店舗はいかにも洗練されていて、販売手法も的確だ。店舗には葉巻の種が置かれており、実際に数本そこで栽培ディスプレイが行われている。

ニカラグア産葉巻は、キューバ産のそれと比べて安価で、また最大の葉巻マーケットである米国がキューバ産の葉巻を輸入しないことが有利にはたらいているのだという。

近頃は中国でも販売を開始したらしい。輸送事情の良いコスタリカに一度運び、そこから空輸で8日間で上海に到着するという。

接客をしてくれたSilvioさんは、以前レストランで覚えたという流暢な英語で、葉巻を作る工程を実演スタッフとともに丁寧に語ってくれる。

そこからさらに東へ進みグアダルーペ教会を過ぎ、子どもたちが野球やサッカー、バスケットをしているのを見つつ、更に歩いていくと、やがてニカラグア湖に到着する。

ある少年は、細長い木の棒でアーモンドの木を小突き、アーモンドの実を採っている。
ゴルドバ像はじっと西の方向を向いている。
カップルは湖のほうを向いて、じっと座っている。

ニカラグア湖は中米最大の湖で、海のように大きく、波が押し寄せてくる。波は高く、ざぶりざぶりと柵を越えてくる。うっすらと遠くのほうに向こう岸が見え、右手には島が見える。

ただ、この湖はチョコレート色だ。それでも子どもたちや犬や鳥たちはじゃぶじゃぶと湖に入っていく。子どもたちは鳥に向かって石を投げる。鳥の群れが湖の水面すれすれに小さな点となって光るように連なり、直線を作って左から右へと飛んでいく。

コロン公園へ引き返す頃には、夕暮れが見え始め、グアダルーペ教会では、ミサが行われていた。

道で遊ぶ子どもたちはお菓子などを入れた玉を天井からつるして棒で割るピニャータを手にしている。その赤や黄、緑に白のふさふさとした玉を持ちながら、嬉しそうにわたしたちに近づいてくる。

そして、この街にも、レオンと同じようにGigantonaとel Pepe Cabezon像を被って踊る子どもたちと鼓笛隊が道を練り歩いていた。

最後に、メルセー教会を見に行った18時半、そこで結婚式が始まった。結婚行進曲とともに後方の扉から新婦と父親が入場する。やがて新婦は新郎に引き渡され、更に前方へと進んでいく。

進行に合わせて、参列者も共に十字をきり、神父の言葉を復唱し、アヴェ・マリアなどを歌う。籠をもった男性が参列者を回り、人々はお金をその籠に入れる。

新婦と新郎に大きな真珠の輪がかけられ、参列者は周りの人々と挨拶を交わす。最後には新郎新婦と神父がハグをし、並んで写真撮影も行われる。

約1時間の式が終わると新郎新婦は退場し、既に人々が待っている入口で再度写真撮影をしたら、白馬がひく馬車に乗って、去っていくのである。

参列者のほとんどはカトリック信者として式に参加をしているので、式の進行が、より生活に密着している。そしてこの教会は誰もが入ることのできるオープンな場所であり、式には誰もが参列できるのである。

こうして新郎新婦を見送った後、夕食の買い出しにスーパーマーケットPaliに行く。段ボールにそれぞれ商品が詰められている。今晩は大事をとって、トマトやチーズ、ソーセージやヌードルを買って宿で食べることにする。大事をとるけれど、ドリンクはビクトリア・ビールだ。

同じ宿に泊まっているオランダの女の子二人と、写真家の卵のイスラエルの男の子と話をしながら、のんびり中庭の横で夜ご飯にする。

“Hasta la vista, baby.” – Leon / Managua / Granada, Nicaragua

まだお腹の具合が優れないので、もう行きつけになってしまったレオンのLa Unionにまた出向いてSantalのマンゴジュースと青林檎を買って、それを持って1701年に建てられたレコレクシオン教会に向かう。

黄色いケーキのような教会で正面に鳥やさいころや洋服、手のひらやつるぎが描かれている。

空は晴れていて暑いくらいのレオンで、ケーキのような教会の正面に座って、マンゴジュースを飲み干し、林檎を齧る。

昨日両替をお願いした両替商のおじちゃんは、今日も同じ場所に座っている。
おじさんの両替商仲間も、また昨日と同じ場所に座っている。
中央公園に立つ、片手をあごにあてて考え深げにしているMaximo Jerez像の頭のてっぺんにも、また昨日と同じように鳩がとまっている。

一度宿に戻り、次の町グラナダに行くための荷造りをして、宿のおばちゃんに挨拶をする。キッチンにいたおばちゃんは、手でピースをつくり、手の甲をこちらに向けて、”Hasta la vista, baby.”と言って、笑った。

人の良いタクシー運転手の運転でバスターミナルへ行き、そこからすぐに見つかった乗合バンでグラナダまでの乗り換え地点である首都のマナグアまで向かう。

同じバンの乗客であったマナグア出身のDenisさんは、レオンの北にあるCerro Negro Volcanoは、良いところだと教えてくれた。わたしたちは結局、レオンで一度もレストランに入って食事をとることすらできなかった。

国境からチナンデガまでの道のりで見た炎について尋ねてみると、それは火事ではなく、焼き畑農業だろうと言った。さとうきびを収穫する前に虫や蛇を殺す目的で焼き畑をすることがあるから、それかもしれない、と付け加えた。

バンは、平らな道をまっすぐに進んでいく。

このバンの運転手もまた人が良く、わたしたちの大きな鞄をひょいひょいと持ち上げてバンに詰め、道中景色の良いところでは、一番後ろの席に座っているわたしたちにバックミラー越しに目配せをして、ときにはバンを停めて見せてくれる。仕草で感謝を伝えると、右手の人差し指と親指で輪をつくってみせる。

ニカラグアの人たちはホンジュラスの人たちよりどこかのんびりとして、人当たりが良い。治安の良さが、それを手伝っているのかもしれない。

左手に、滑らかな曲線を描く山を眺め、そのうちに面積が約1000km2あるというマナグア湖が見えてくる。環境汚染がひどいこの湖は、灰色に濁っている。

バス停や電柱が、ところどころ現在政権を担っているFSLN(サンディニスタ民族解放戦線)の赤と黒色に塗られている。

1時間半程でマナグアのUCAターミナルに到着する。ターミナルのすぐ近くに停まっていたグラナダ行きのバスに乗り換える。運転席の頭上には、ニカラグアとFSLNの旗が掲げられている。

マナグアには、バーガーキング、ドミノピザにDHL、新しい中層ビルに、果てはInterContinentalホテルまである。

バスは、いくつかのロータリーにクリスマスを過ぎてもたっている、イルミネーションのほどこされたツリーのわきを進んでいく。マナグアからグラナダまでの道のりは店舗が続き、思いのほか発展している。

日が暮れた18時頃、マナグアに到着して宿をとる。少し体調が回復したので、近くのイサベラ・ビュッフェまで夕食をとりに行く。

久しぶりの外食だ。
豆とともに炊き込んだライス、ガジョ・ピントに、チーズ揚げや目玉焼き、トマトとチーズの炒め物、バナナチップのついたセットを頼む。思わず、ニカラグアのビール、Tona1リットル瓶を注文する。Tonaビールは、おそるおそる口に入れたこともあり、麦の味が強い。

レストランには、大音量でミュージックビデオが流れている。

身体に優しいものたち - Leon, Nicaragua

依然としてお腹の調子が良くない。

朝ゆっくりと起きて、中央公園を抜け、カテドラル横に並ぶ屋台で林檎を買い、そこに座らせてもらって、齧る。どうやら林檎はどれも米国産らしく、高いのだとお店の人は眉を少しひそめる。パパイヤやバナナといったこちらで採れるフルーツは相対的に安いのである。中南米は「フルーツを食べておけば間違えがない」らしい。

中米最大の規模を誇るというカテドラルでは数名が祈りを捧げており、その前にはレオンの町の名を象徴するライオンの像が牙を向いている。

すぐそばには、サンディニスタ民族解放戦線FSLNの旗がたなびいており、壁には、マヤの時代から、スペイン占領時代、ウィリアム・ウォーカーの時代、そして将来とニカラグアの歴史図が描かれている。

エホバ教会にはホールに人々が集まっている。テレビ中継をしているのだと、カメラのところまで招かれた。

中央公園では小さな車がくるくると回るアトラクションや小さな観覧車もあり、賑わっている。

それでも何しろ身体に優しい一日を心がけ、スーパーマーケットで食料の買い出しをすることにする。La Unionという名のこのスーパーはウォルマート資本の店舗であり、広々として品揃えも豊富な店だ。

バナナやヨーグルト、グラノーラにミルク、オレンジジュースにレモン味のGatorade、水というシンプルで身体に優しいなものばかりを買い求め、宿に戻って窓の開け放たれた、ハンモックのある大きな部屋で、揺り椅子に揺られながら、それをいただく。バナナは皮を剥きづらく、実がまだ熟していない。料理用のバナナを買ってしまったのかもしれない。

しばらく宿で休みをとり、日が暮れた頃、また町へと出てみると、子どもたちが今日も太鼓をたたいている。横には背の高い女性の人形Gigantonaと頭の大きくも背の低いel Pepe Cabezonが置かれている。子どもたちはそれをひょいと頭にかぶり、踊りを披露してくれた。

夜には再びLa Unionに行って、Reviveというスポーツドリンクを購入して、身体に入れる。

CUUN UNAN LEONと書かれ、壁画の描かれた広場では遅くまで子どもたちがサッカーをしていた。