Top > ブログ

2012年06月

トルコのごしごし風呂 – Istanbul, Turkey

朝にパンをかじりながらタクスィム広場を歩いていると、ぼんという音がした。見ると年配の女性が飛んで、その後に倒れた。車があたったのだ。車を運転していたサングラスをかけた若い男性が、すぐさま車を降りてかけより、背中をさする。周りの人々も集まってきて、ある男性は救急車を呼ぶために携帯電話を手にする。

運転をしていた男性は女性の肩にキスをして、女性はぼうぜんとしている。1分もかからないうちに救急車は到着し、女性は自力で立ち上がり、そして運ばれていった。

運転の荒いエジプトでは交通事故を見なかったが、ここで、見る。

トルコの公衆浴場、ハマムに行ってみることにする。地元の人もよく利用しているというコジャムスタファパシャ・ハマムまでバスに乗って向かう。教会として6世紀に建てられた建物をジャーミーに改装したコジャムスタファパシャ・ジャーミー付属のハマム。

男女は入口から分かれている。中に入ると、タオルを身体に巻いた女将がどしりと座っている。それを囲むように小さな小部屋がいくつも並び、まずはそこで着替えるように言われる。各部屋にはベッドも置かれ、鍵も閉まるようになっていて快適だ。

その後、奥のむわりとした部屋に入る。中央に大きな石の台があり、周りをずらりとハマム洗面器と水道が囲んでいる。そして、そばには小さな桶が置かれている。とにかく石の上で横になっていなさいと女将にジェスチャーで伝えられたので、身体を一通り流し、石の上に水をかけ、うつ伏せになる。

とても、熱い。

地元の女性たち5人ほどが、上半身裸、下に下着だけ身につけて、水道から水をじゃーじゃーと流し続けて洗面器に水を溜めている。

ある女性は垢すりをし、ある女性は髪を洗う。
ある女性は一人で来ていて、ある女性は友だちと来ている。

熱い石の上で言われたとおりにじっと待っていると、上半身裸になったさきほどの女将がのそりのそりとやってきて、あかすりとマッサージをするわよ、と言う。手に大きな垢すり布を持ち、身体を大きくごすりごすりとこする。細かな部分をとばして、身体の全体をごしごしとする。豪快だ。

まもなく、見てみてと腕の垢を指し示す。良いでしょ、と言う。はい、良いです、とお答えする。細かいところは自分で垢すりを借りて、ごしごしとする。

じゃあ、マッサージをします、と言って、小さな桶に入った布をぱっと取り出し、ぶくぶくと泡立て、また豪快に身体にすりつける。ぶくぶくぶく。

身体をなでた後、そのまま顔に手をもっていき、さして変わらぬ勢いでぐるぐるとなでつける。そして隣の客から借りてきたと思われるシャンプーを頭の上にかけ、ぐるりとひとなでする。

こうしておばさんによる自由な数分垢すりマッサージコースは終了する。再び良いでしょ、と尋ねられるので、はい、良いです、とお答えする。

その後は自分で髪や身体を洗い、石の上に寝転がる。じわりと汗が出てくる。

すっかり減ったお腹を抱えて、近くのロカンダ、Rumeli Kofte Ve Yemek Salonuに赴く。ミント風味のヨーグルトスープにレモンを添えたヤイラ・チョルバス、スベリヒユをヨーグルトを和えたヨーウルトル・セミズオトゥ、それにピーマンにひき肉や米を詰めてトマトソースをかけたビベル・ドルマスをオーダーする。住宅地のここには、地元の男性客たち団体や一人でやってきて、食べて行く。

そこから近くのスイーツ屋、Seyranに立ち寄り、オーブンで焼いたプディング、フルン・スュトラッチや、もっちりとした牛乳の焼き菓子カザンディビを頼む。オーダーすると、どうぞといってエクレアをつけてくれた。

バスに乗って、タクスィム広場に戻る。宿の近くのPashaというカフェでのんびりとする。大人の男性は水たばこを吸い、子どもはオセロを楽しんでいる。

今日は夜行バスに乗って、パムッカレという町へ向かう。夏にさしかかろうとする今のトルコはハイシーズンらしく、バスのチケットはとりづらい。22時20分に数席だけ空いていたパムッカレ社で座席を取る。

トルコのバスは素晴らしいと聞いていた。まず、町の中心にあるバス会社のオフィスからターミナルに向けてシャトルバスが出ている。だから、ターミナルに行かずに町の中心のオフィスまで荷物を運べば報われる。

快適なシャトルバスに乗ること20分、パムッカレ社のターミナルに到着する。夜行バスが当たり前のように使われているトルコではこの時間でも幾台ものバスが出入りしている。乗るべきバスを探していると、あちらこちらから手伝いましょうか、と声がかかる。わたしたちの乗るバスがターミナルに入ると、これに乗るのよ、とまたあちらこちらから声がかかる。

こうして無事にバスに乗り込む。
バスはメルセデス・ベンツ製の新車で、各自座席にモニターがついていて、音楽やテレビ、ラジオ、映画にインフォメーション、カメラやナビゲーションまで選択することができる。音楽は国内外に分かれ、映画だって子ども向けから、国内、海外、それにドキュメンタリーまで選ぶことができる。そして備え付けのイヤホンを耳にさせば良い。

適度な冷房の効いた極上バスでマイケル・ジャクソンを選ぶ。こんなに快適なバスは、久しぶりだ。最後尾の座席であるのをいいことに、ノリノリ踊っていたら、寝てはいられなくなる。

添乗員は、蝶ネクタイをつけた、にこやかな男性が2人もいる。ハイテクにすぎるモニターにとまどう人々へは、お兄さんたちよる懇切丁寧な個別指導が行われる。

そんなバスの窓からは、イルミネーションに輝く近代的イスタンブールを眺めているかと思えば、ふいに羊をのせたトラックが通り過ぎていく。

そのうちに軽食が運ばれてくる。まずは水、続いてバニラとチョコレートのアイスクリーム、しばらくして、コーヒーやオレンジジュースや林檎、桃のジュースといった飲みものに、レモンのビスケット。

快適なんだから、もう踊るのはやめにして、あとはゆっくり休むことにする。

ビザ申請とイスタンブール – Istanbul, Turkey

トルコから東へと中央アジアの国々を訪ねながら日本に近づいていくとなると、中央アジアのビザ問題にぶちあたる。トルクメニスタンのトランジット・ビザをイランで申請するには、その次の国ウズベキスタンのビザが必要、とのことで、ウズベキスタンといってもまだ遠い気がするが、イスタンブールで先にウズベキスタンのビザを取ってしまうことにする。

領事館に向かう途中、イスタンブールでよく見かける店、simit sarayiでスィミットをオーダーする。温めて出してくれるものだから、スタンドで買った昨日のそれよりも美味しい。

タクスィム広場からバスに乗ってボスポラス海峡沿いに40分ほど走ったIstinyeの丘の上に、ウズベキスタン領事館がある。穏やかな海辺から階段を上がり、ぜいぜいと息を切らしながらたどり着く。

10時から開いているはずだが、領事館にたどり着いた10時10分ほど、門の前には人だかりができている。門番に尋ねても英語を話さない。近くの待ち人も「問題ないから待ちなさい」としか言わないので、とりあえず待つ。

10時を20分ほど過ぎたところで、門が開き、みなががやがやと集まる。門番はそこから2、3人ずつ中へと通していく。重い鉄の扉を開いて中に入ると、真っ白な建物があり、階段を下りた小さな窓口がビザの申請窓口になっている。

窓口に近づくと、中の男性職員が、「ビザね、急いで急いで」と急かす。必要書類と聞いてパソコンから印刷して持ってきたビザ申請用紙と、パスポートや写真を手渡す。申請用紙には入国予定日を記入しているが、この日付けは受け取りの際に変更することもできるという。

いつビザを受け取れますか、と尋ねると、「来週」とだけ断言する。

来週というと、いつでしょうか、とあくまで低姿勢で尋ねると、「同じ日の同じ時間にはできているよ、もういいですね、ではさようなら」と窓をぴしゃりと閉めた。

とにもかくにも来週の金曜日に取りにくれば良いというので、一安心し、再びバスに乗ってタクスィム広場へと戻る。

トルコにはロカンタという大衆食堂があって、ショーケースに煮込みやらを並べてそれを選んで皿に盛ってもらう。トレイにのせてお会計する場所へ持っていくこともあって、学生食堂ふうなのだ。

今日はバルカン・ロカンタに入って、ナスにひき肉を詰めたカルヌヤルクをトマトやペッパーと煮込んだものに、バター風味のピラウ、それに挽き割り小麦のピラウ、ブルグル・ピラウを注文する。エキメッキは容器から取って自分で盛る。

イスティクラール通りを歩き、ガラタ橋を渡って旧市街へと向かう。黒いアバヤで全身を覆った女性が白くてきらきらした鞄を片手に、赤いTシャツに黒い帽子、チノパンツにサングラスといったカジュアル男子と腕を組んで歩く姿がある。こうした全身アバヤで覆う女子とカジュアル男子のカップルが数組、繁華街を歩いていく。

オスマン朝君主の居城トプカプ宮殿、ビザンツ建築の最高傑作ともいわれるアヤソフィア、それにブルーモスクの名で知られるスルタンアフメット・ジャーミーは、それぞれ近い位置にある。

トプカプ宮殿の入口は1478年に建てられた皇帝の門で、それをくぐると庭があり、アヤ・イリニ教会が建っている。そこからは金角湾を眺めることのできる芝生もあり、銃を持った軍人の横でアバヤを着た女性たちもおしゃべりを楽しみ、iPadを手にのんびりとしている。その先の送迎門も、皇帝門の前にある1728年建造のアフメット3世の泉も、金をあしらった細かな装飾がほどこされている。

ブルーモスクは、6本のミナレットと大ドーム、4つの副ドームに30の小ドームをもっている。背の低い通路を渡ると、大ドームの空間が広がっている。その名の通りに青いステンドグラスからは淡い光が入り込み、ドームには、青や赤の模様があしらわれている。いくつものランプが円形状にぶらさがり、赤い絨毯の上で、祈りを捧げる人々がいる。

ブルーモスクのそばには、スュレイマン大帝の妻、ヒュッレム・スルタンが16世紀に建てさせたというオスマンスタイルの高級ハマムもある。落ち着いた噴水を真ん中に構える内部で、てっぷりとした男性が腰にタオルを巻いてくつろいでいる。

近くにある1920年創業の老舗キョフテ店、セリム・ウスタで、牛肉のミートボール、キョフテをオーダーする。肉汁がじわりと口の中で広がっていく。その余韻を楽しみながら、添えられたエキメッキをほおばる。

ガラタ橋では、夜も釣りをする人たちが連なり、遠くのボスポラス大橋は青く繊細なイルミネーションを灯している。そんな中、そばを歩いていた靴磨き道具を持つ男性がブラシを落としたので、それを拾ってその男性に駆け寄り、手渡した。そしてそのまま歩き進んでいると、背後からその男性が声をかけてきた。

トルコでこうした流れの犯行が流行っているとも聞いていたが、その男性がその後犯行を犯そうと思っていたのかどうかは今となっては知ることもない。

ヨーロッパとアジアのあいだ。 – Istanbul, Turkey

トルコに入ると、道に布を広げて祈りを捧げる人もほとんど見かけない。アラブ式、トルコ式トイレよりも洋式トイレが、がぜん増える。黒いアバヤをかぶる女性がちらりほらりとしかおらず、煙草を吸う女性の姿もある。男女は手をつなぎ、楽しげに歩いていく。物乞いもほとんど見かけることはない。道歩く軍人もなにやら物腰柔らかそうな雰囲気さえする。

突然に「チャイナ」「チナ」「チャン・チン・チョン」と言葉をふられることが減り、同時に「ヨルダンへようこそ」「レバノンへようこそ」と比べると、イスタンブールでは「トルコへようこそ」と言われる回数はぐんと減る。

さまざまな種類の食べものや音楽が街を包みこみ、空気そのものがどこか楽しげだ。

昼食は、宿の近くのSuat Usta Mersin Tantuniの食堂で、薄い生地ユフカでトマトやピーマンを巻いた、名物だというタントゥニをオーダーする。添えられたレモン汁をかけると旨みが増す。時折小皿に盛られたペッパーをかじってみる。

街によく見かける赤いスタンドで、リングパン、シュミットを買い求める。外は硬く、ごまの味がきいている。

イスタンブールの旧市街や新市街のあるヨーロッパ側から、ボスポラス海峡の向こう側にあるアジア側へと渡ってみることにする。ヨーロッパ側とアジア側は頻繁に船が行き来して使い勝手も良いものだから、船は地元の人たちの足となっている。

タクスィム広場から坂を下り、イノニュ・スタジアムやドルマバフチェ宮殿、オメル・アヴニ・ジャーミーを見ながら、カバタシュ埠頭に到着する。昨日と変わらない明るい港には、黒いスーツを着た新郎と純白のドレスを着た新婦が笑顔で写真撮影をうけて、船に乗り込んでいく。

カバタシュ埠頭から対岸のユスキュダル埠頭まで15分ほど、海には河北王朝HOSCOと書かれた大型船など船が幾隻も行き交う。

アジア側とはいえ、ここもトルコだ。急に街並みが変わるわけではない。海に飛び込む若者、記念撮影をする親子や釣りをする男性たちがいて、それにジャーミーが立っている。

トルコはびよりと伸びるドンドゥルマというアイスクリームが有名だ。アイスクリームをひっくりかえしてみたり、かたまりで取り出してみたり、手品ふうにして盛る。チョコレートとバニラとブラックベリー味のミックス。やや粘り気はあるが、冷たいアイスクリーム。エンターテイメント抜群に盛るものだから見た目はぐちょりとしていて、味は普通のアイスクリームのほうが、美味しい。そんなものだ。

海岸沿いに歩いていくと、海の小島にかつて灯台として使われていた乙女の塔がぴょこりと浮かんでいるのが見える。悲しい伝説をもつ島にもレストランがあって人々が渡っていくのが見える。

そこから陸地の丘を上がっていくと、今も使われているオスマン朝時代のトルコ式木造住宅がところどころに点在する。2階部分がせり出しているスタイルで、古い木造もあれば、新しくしたような木造の家もある。家々の間にあるパン屋や商店などから地元の人々がビニール袋を両手にどっさりと買い物をして出てくる。

そのままユスキュダルエリアからカドゥキョイ埠頭まで歩いていくことにする。兵営やマルマラ大学などを過ぎ、鉄道の通る橋を渡ると、カドゥキョイエリアに到着する。静かな住宅地から途端に人々の集まる繁華街へと切り替わる。

魚屋や果物屋、ビールを飲む人々の集まるレストランやアルメニア教会のある小道を、スーツを着た男性やカップル、カジュアルな服を着た若者たちが通り過ぎていく。テルラルザーデ通りにはアンティークショップが並び、蓄音機や壺、ランプや食器に扇風機などが所狭しと並んでいる。

1969年創業というマントゥ専門店サイラ・マントゥで、定番メニューのトルコふうラビオリ、マントゥをオーダーする。もっちりとしたマントゥに、ヨーグルトソースの甘味とかすかな酸味、振りかけるバジルがよく合う。しめには温かい紅茶をいただく。

20時を過ぎて、アジア側のカドゥキョイ埠頭からヨーロッパ側のベシクタシュ埠頭まで船で戻ることにする。大きな船に地元の人々が次々と乗りこむ。ちょうど夕日が沈んでいき、埠頭に停泊する大型船や飛んでいくかもめ、陸地のところどころに掲げられたトルコ国旗を橙色に照らす。空高くには飛行機雲が描かれ、反対側には既に半分の月が浮かんでいる。

30分ほどで対岸に着き、やや南のカバタシュ埠頭まで歩いて、タクスィム広場まで地下ケーブルに乗る。地下につくられた斜面を、ケーブルカーが1分ほどで上がっていく。

イスタンブールのてくてく散歩 – Istanbul, Turkey

空港から宿の辺りには日本語を話せる人が多い。宿でパンをほおばり、紅茶をすする。

トルコのピザ、ピデの有名店Nizam Pide Salonuで、ひき肉とチーズのクイマル・ピデに、羊肉のサイコロステーキののったクシュバシュル・ピデをオーダーする。舟形をした生地は外はかりっと、中はもっちりとしていて、旨みのある肉とチーズがよく合う。

繁華街のイスティクラール通りをガラタ橋のほうへと歩いていく。道なりにトラムが走っていて、時折赤い列車がとことこ走っていく。

パソコンの調子がすぐれないので、イスタンブールのパソコンの神様を探しに電気屋に向かう。デミリョレン・イスティクラールというショッピングセンターの中にSaturnという大型家電量販店がある。ここは日本の大型店にもひけをとらないほどのつくりで、新しいビルに最新電気機器がずらりと並ぶ。そこにパソコンの神様を発見した。

イスタンブールは海に囲まれているということもあり魚市場がある。魚が店頭に並べられた市場のそばに、魚を出す洒落たレストラン街、チチェッキ・パサジュもある。オープンテラスの席で客は外でEfesビールのジョッキをあけている。

石畳の道を歩き、灯台や監視塔、牢獄、天文台などとして使われていたといわれるガラタ塔を眺めながら坂を下っていく。古本屋やジューススタンド、老舗のトルコ風呂などもあり、アウトドアスポーツ店にはずらりと銃が並んでいる。

古本屋の店主は寡黙に佇み、アウトドアスポーツ店の店員は明るく銃購入の手続きについて説明をする。店先で人々はバックギャモンにいそしんでいる。

ガラタ橋からほど近い場所に、パイのハチミツ漬けバクラワの有名店、ギュッリュオウルがある。店内はスイーツを楽しむ客でいっぱいだ。シンプルなバクラワをオーダーすると、おまけにどうぞとチョコレートのものものせてもらう。パイ生地にはちみつが浸みこみ、さくっとしたパイの食感がしっとりとして美味しい。

金角湾に出ると、アジアとヨーロッパがぶつかるところといわれるイスタンブールらしい、開放的で明るい青の波間に大型船が何隻も通り過ぎるのがふいに目に入る。向こう岸には白やクリーム色の建物が立ち並び、その間にジャーミィーのミナレットがしゅっとたっている。とにもかくにも大きくて気持ちの良い空間だ。

ガラタ橋には釣竿をひょいと垂らす人たちで溢れている。実際に人々はたくさんの魚を釣り上げ、わきに置かれた小さな桶は魚で満たされている。

橋を渡りきったところに、サバサンドを売る屋形船がある。サバを焼いたのをエキメッキと言われるバケットにはさんだものだ。揺れに揺れる屋形船に男性数名が乗り込み、鉄板の上にサバをぎっしりと並べて、そばにあるレタスや生たまねぎをぽいとはさんで、陸にいるスタッフに渡す。こぼしたものがあれば、ささっと海に捨てて行く。

レモン汁と塩が添えられ、好みでふりかけ大口開けてばくりとほおばる。シンプルなサバの味がなんとも懐かしい。このサバサンド、地元の人にも人気のようで家族連れで両手に抱えて買っていく人たちがいる。そこに子どもたちがお手拭きなどを売り歩き、客を冷やかしていく。

そばには、1598年に建造が始められたというイェニ・ジャーミィがある。モスクは丈の短いパンツではいる女性もいるほど、開放的だ。

旧市街のほうへと入っていく。カフェやレストランの前で人々が陽気に食事をしている。フライパンにたっぷりと盛ったピラフを食べる男性たち、スタンドでとうもろこしや栗を焼いて売る人たち。20時半になろうとしているのに、日が長くてまだ外が明るい。

20時半ころに日が沈み、ようやく街は暗くなり始める。それでも人は街を歩き、モスクにも落ち着いたイルミネーションが、サバサンド屋形船にもきらんきらんの派手なイルミネーションが、灯される。

橋を渡り、新市街へと戻る。メイン通りから一本小道に入ると、人気もなくひっそりとしていてごみが静かに散らかっている。それもメイン通りのイスティクラール通りに戻れば、途端に活気を取り戻す。びよりと伸びるアイスクリームや栗、朝からの売れ残りのリングパン、スィミットを売る人々、音楽を奏でる若者、白化粧を施しぴたりと動かない大道芸人、腕を組み歩くカップルたちで昼間と変わらぬ人通りだ。

ビスケットを商店で買い求め、宿に戻る。テレビではEURO2012スペイン対ポルトガル戦が盛り上がっていた。

観光の国、トルコ – Istanbul, Turkey

地中海の上空からトルコの上空へと入り、19時半ころにはイスタンブールの空港へと着陸する。着陸をすると、機内は昨日以上の拍手で包まれた。

イミグレーションには、長蛇の列ができている。順番が来て、パスポートを差し出せば、スタンプを押してくれる。ありがとうございますとトルコ語で言ってみると、にこりと笑みが返ってくる。

さすがの観光大国トルコ、空港は明るく、ATMも数社並び、空港から市内に行くにも、見事な交通網が整っている。シャトルバスはするりと時間通りに来て、時間通りに発車する。係員も親切そのものだ。整然と行われるその様子は、日本とよく似ている。

イルミネーションに輝く町並みや金角湾に浮かぶ船、そして遠くで光を放つモスクを眺め、橋を渡っていく。

タクスィム広場付近に到着し、繁華街であるイスティクラール通りを歩いて宿へ向かう。半分欠けた月がイルミネーションの中で明るく浮かんでいる。ノリノリ音楽に身をゆだねる若者がいて、路上でキスをするカップルがいる。アルコールも売られ、夜遅くまで人々が行き交い、活気がある。行き先に困っていると、どこからともなく、英語で助けの手が差し伸べられる。

そんなトルコのイスタンブールだ。