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煙のミサと、滝の温泉 – Quito / Banos, Ecuador

1535年に建てられたカテドラルで朝の6時半ころから1時間ほどミサが行われるというので、早起きをしてスモモをかじりながら、向かう。地面は雨にぬれていて、朝らしく空気が澄んでいる。スーツを着た男性や赤ん坊を抱えた女性、学校に向かう子どもの手をひく男性、制服を着た男の子や女の子が街を歩いて行く。

7時過ぎに到着するころには、既にミサが始まっていた。

大きな金の祭壇の脇の十字架にそっと触れて、幾人かはすみに座っている神父と向き合い、言葉を交わしてから更に奥へと入る。祭壇の奥にまた別の祭壇があり、そこでミサが行われているのである。人々は歌を歌い、辺りは煙につつまれている。やがて、神父が金の鏡を上に持ち上げ、そっと祭壇に置く。

そのうちに、ミサが終了し、ある人は教会を出ていき、ある人は隣の祭壇に移動して、引き続き神父が聖書を読み上げる。教会のはしでは、後に暗殺された独立運動の中心人物、ホセ・スクレ将軍が静かに眠っている。

そこから、Aplanchadoというメレンゲとパイをくっつけたものをつまみながら、朝と夕方のみ開いているサント・ドミンゴ教会へと向かう。広場には、少しだぼりとしたグレーの制服を着た男の子たちが集まり、その多くが髪を固めている。幾人かは、教会の入口でグッズを購入して中に入り、幾人かは親とともに教会に座り、ある制服を着た男の子はおじいさんに靴を磨かせている。

キトの街では、いつもと変わらず、民族衣装を着た女性がかごやビニール袋に果物をつめて、歩きながら売っていく。

ここから次の目的地、Banosに向かう。スペイン語でBanosというのは、「お手洗い、浴室、入浴、温泉地」といったような意味で、そこには温泉があるのである。

サント・ドミンゴ駅からトロリーバスに乗って、大きなショッピングモールのあるEstacion El Recreoで乗り換え、南バスターミナルへ向かう。ターミナルは白と淡いグレーの新しくて整然としたつくりで、モニターをみながらバス会社を探し、Amazonas社でチケットを購入する。

バスの前で売られていた、チョコのかかったクッキーの入った袋を買い、用紙に名前を書いて乗車する。キトからBanosまでの道は「アンデスの廊下」とも言われている。パンアメリカンハイウェイは畑の広がる山や牛が点在する丘、線路沿いを抜け、南へと乗客を運んでいく。空は晴れては、また霧がかかり、山々の頂上を隠していく。それでも5896mの雪をかぶったコトパクシ山は、雲に隠れながらもほんの少しその姿をのぞかせた。

大きな山々の間をぬいながら、そのうちに徐々に山を下っていき、3時間半ほどでBanosに到着する。

宿をとって、早速に町の端にある温泉、La Virgenにつかりに行く。滝の隣で湯気をたてる2階建てのその温泉は、茶色く鉄や土の匂いがする。あたたかい温泉と熱い温泉、冷たい水のプールや水風呂、水の滝があり、温泉には多くの人が水着を着て、ふうと、つかっている。

金曜日夜から日曜日にかけてはエクアドルからの観光客も多く、温泉は水着を着た人々でぎゅうぎゅうである。子どもたちはその中を泳ぎ、中にはスノーケリングマスクを頭にはめている子もいる。クエンカ出身だという女性も、この後閉館の22時までいるつもりだと言った。

やがて日も落ちて滝は暗闇に包まれる。温泉で身体を温め、すっかりとお腹もへってきたので、宿へ戻る途中にBasilica公園に面したレストラン、Achupallaで夕食をいただく。お勧めをされた鱒のフライとフライドポテトにキャベツ、マヨネーズで和えたサラダにオレンジ、そしてPilsenerビールを合わせていただく。

首都キトでは夜にぴしゃりと扉が閉められていたのと比べ、ここでは夜まで多くのレストランやバー、ディスコテカが開き、若者たちは夜の町に繰り出している。思わず、帰りがけにカフェ、MEETING POINTに立ち寄り、マンゴータルトをオーダーする。このタルトもまた、甘すぎず、ふんわりとしている。

宿に戻ってからも、外からどんちゃんとノリノリ音楽が聞こえてきて、宿の壁をじんじんと響かせる。