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聖なる谷を望む遺跡 – Cuzco / Ollantaytambo, Peru

今日はクスコからマチュピチュへのインカ道の途中にあるオリャンタイタンボまで向かうことにする。静かな朝のクスコの町で、パン屋から買った細長いスティックのパンをかじりながら、オリャンタイタンボ行きバスのターミナルへと向かう。

ターミナル付近で集客をしていたバンの運転手がいたので、そのままそのバン、コレクティーボに乗りこむ。運転手の見事な客引きでじきに満席になり出発となる。

コレクティーボは、インカ帝国の重要拠点となった村々や遺跡の残る聖なる谷を走っていく。グアナバナのヨーグルトとバナナチップ、ソフトキャンディーを口に入れながら、窓の外を眺める。

鉄道の駅のあるポロイ、かつてインカ帝国の要塞があったチンチェーロ、クスコ市民にとっての保養地ウルバンバを経由してオリャンタイタンボへと駆け抜ける。

丘に囲まれた道は常にゆるやかで、カブの黄色い花があちらこちらで緑の畑に色を添えている。

運転手さんの高速運転により、1時間半ほどでオリャンタイタンボに到着する。町の中心へ向かう川沿いの道から、オリャンタイタンボの遺跡の段々畑が見えてくる。道沿いにはさぼてんやすすきが並んでいる。

訪ねようと思っていたオリャンタイタンボを主な拠点とするNGO、AWAMAKIのショップがまだ閉まっていたので、まずは遺跡に足を向ける。

オリャンタイタンボは、マンコ・インカがインカ軍を率いて潜み、スペインの征服者たちを撃退した場所であり、インカ帝国時代の要塞とも宿とも言われている。

300段の階段をあがりきると、村を一望できる広場に出る。こうしてみると、村が谷の間に作られていることがよく分かる。

そこには巨大な褐色の石が6個並べられており、幅が全部で10m、高さ4m、奥行き1mもある。中には菱型がいくつもつらなっているように表面が削られている石もあり、これはティティカカ湖畔のティワナク遺跡に見られる模様と同じなのだそう。

この巨大な石をどうやってここまでもってきたのか、今も謎のまま。近くには大きな石がごろりと置かれたままだ。

対岸には、見張り小屋だといわれている建物が見える。

プレ・インカの遺跡から、太陽の神殿、水の神殿、儀式に使われる泉、斜面にたてられた穀物倉庫などを回り、村へと戻る。

AWAMAKIのオフィスが開いていたので、明日の朝、団体が織物プロジェクトを繰り広げているパタカンチャの村へと連れて行ってもらうことにする。

そのためにオリャンタイタンボの駅へ行き、予約をしていた明日のマチュピチュまでの電車、ペルー・レイルの時刻を変更する。座席指定のできないペルー・レイルであっても、列車の変更はスムーズに進み、そのままトゥクトゥクに乗って、村の中心アルマス広場へと戻る。

市場の近くにあるレストラン、Dona Evaで昼食をとる。今日のメニューは、麺や野菜の入ったスープと緑ソースのかかったチキンのシチュー、野菜にじゃがいも、ライスにハーブティーのセットだという。

そのうちに雨が降り出し、村で今も使われているインカ時代の水路に、水が勢いよく流れている。

宿をとったあと、AWAMAKIのインフォメーション・センターに立ち寄る。グーグル社などで働き、その後もアフリカなどを渡り歩いてきた米国人ブライアンをはじめ、オランダ、イギリス、中国など各国の若者がボランティアで来ているのだという。

すっかりと身体が冷えたので、近くのカフェ、Markaqechaに立ち寄り、Te Piteadoをオーダーする。 紅茶に蒸留酒であるピスコと蜂蜜を加えた大きなカップが運ばれてくる。久しぶりに飲むお酒の入ったドリンクは、身体の芯からぽかぽかと温めてくれる。

宿へ戻る途中、夕食をとりにピッツェリアGoyo’sに立ち寄る。このオリャンタイタンボはインカ道の途中の村でもあり、旅行者をターゲットにしたピッツェリアが多いのである。地元の人たちは、外食はまだ高価であり、夕食はほとんど家でとるという。朝食、昼食にきちんと食べ、夜は簡単に済ませる家庭も多いのだそう。

チキンカツにフライドポテト、トマトとライスが皿に盛られたMilaneza Polloを注文する。チキンは柔らかく、フライドポテトはじゃがいもの甘い味がしっかりとしている。

ひんやりとした静かな村の夜で、ぽかりぽかりと温かい。