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砂漠を歩き、お茶を飲み、人々の暮らしをかいまみる。 – Gas Crater / Derweze / Konye-Urgench, Turkmenistan

朝に起きてテントから出てみると、ちょうど朝日の上がるころだった。

うっすらと太陽に照らされる砂漠の中に、引き裂かれるように真っ暗な穴がぱっくりとあいている。穴に近付いてみると、昨日のおっかない姿の真っ赤な色合いが薄れ、それでも炎は燃え続けている。こうして40年間もガスを燃やし、二酸化炭素を排出し続けているのだ。暑さのために蜃気楼ができて、砂漠はゆらぎ、穴の淵にはひしゃげた鉄の塊が放置されている。ぐるりぐるりと螺旋を描く綱がだらりとその穴に垂れ下がっている。

暑くならないうちにチャイハネに戻ろうと、その方角だと思われる方向に向かって歩き始める。

昨晩は暗くて見えなかったが、砂漠にはぽつりぽつりと草が生えていて、小さな動物も歩きまわり、ちょこりとした足跡を砂の上に残し、ぽこぽこと砂に穴を作っている。二つの丘を越え、線路を越えて歩いていく。そのうちにいよいよ太陽はあがってきて砂漠は酷暑に見舞われ始める。

想像に任せた方角に歩いて行ったら、ふいにチャイハネが見えた。こうして2時間半ほど歩いて、無事にチャイハネに戻ってきた。明るいうちに歩いた今朝は、行く先の景色も見えて時間の流れが短く感じたものの、昨晩あったガスクレーターという目印がなかったので、じぐざぐに歩いてきてしまったようだった。

チャイハネに入り、ファンタ・オレンジとスプライトをオーダーして席に着き、砂糖のついたお菓子や、いただいた日本のお菓子などをつまむ。とにかく水が手に入る場所にいるというのはありがたい。同じようにチャイハネで休んでいたトルクメニスタンの男性が、大きなメロンを絨毯の上でざくりと切って、どうぞと差し出してくれた。

今日はこれから北の町、クフナ・ウルゲンチまで向かう。公共交通手段はないので、炎天下の中、ヒッチハイクを試みる。しばらくすると、仕事でクフナ・ウルゲンチ近くまで荷物を運ぶというバンが停まった。乗せていってくれるというが、バンは運ぶための袋が満載なので足は袋の上に放り出して、なんとか座りこむ。車内は埃だらけだ。

こうして発車したバンは、3分ほど走ったところで、きゅきゅっと停車した。なにごとかと思えば、運転手のおじさんは、チャイハネで食事をする、と言った。

静かなチャイハネの室内の蝿とりシートには、蝿がたっぷりついている。おじさんは、チャイやコーヒーをごちそうしてくれた。暑い砂漠の昼間に飲む温かい飲み物は、汗を吹き出させる。おじさんは、手持ちのタオルをくるくるとまわしてわたしたちを涼ませてくれた。現大統領がトップにのっている新聞を広げて、大統領は良いかと、そこにいた人々に尋ねると、3人揃って静かにうなづいた。

バンに戻ってからも冷たい水をいただいたりしながら、北へと進んでいく。ただ乾き続けた砂漠に、そのうちに徐々に緑が増えていき、牛が草を食むのが見え、川が流れていく。

検問を2度ほど受け、穴がところどころあく道を5時間ほど走って、バンは、積み込んでいた荷物を降ろしに一軒の民家に停まった。おばあさんが家の外に座っていて、一家はわたしたちにもチャイをどうぞと勧めてくれた。石造りに絨毯の敷かれた家の中にも通された。テレビが置かれたその居間には赤ちゃんが眠っている。

荷物を全て降ろし終えて、再びバンは走り出す。クフナ・ウルゲンチは古代ホレズムの都であり、大交易都市として栄えていた。道のわきにトレベク・ハニム廟、そして草むらの中にクトルグ・ティムール・ミナレットがしゅっとそびえたち、屋根のとがったイル・アルスラン廟、が建っているのが見える。

18時半ころにクフナ・ウルゲンチの町に到着した。ここは、きんきんきらきら、ごみのない首都アシュガバットとは違って、普通の人々が普通に暮らしている町だった。子どもたちは裸で泥水の中で遊び、女の子は水を汲んだバケツを運んでいく。

民家の外には瓜が売られ、親子が敷き物をしいて、のんびりと夕暮れを楽しんでいる。その横を山羊が横切っていく。

町には宿が1、2軒しかない。宿泊することにした町の中心に比較的近い宿からも、最寄りのレストランはタクシーに乗っていくほどの距離があるらしい。どの辺りにいこうかと探していると、乗せて行ってくれるという車があった。その若い男性二人は、こちらがカメラを向けていないのに、写真は撮らないでくださいね、と言った。

地元の料理が食べられるというレストランで降ろしてもらう。店内には、カーテンで仕切られてテレビが備え付けられた絨毯の個室が二部屋ある。60歳の誕生日を迎えたという男性が他の男性に祝ってもらっていた。

店の客と店員に、韓国から百年以上も前にトルクメニスタンに移住をしてきた家族がいた。日本と韓国は緊密な関係だけれど、中国と日本は関係があまり良くないのでしょう、と言った。

ひき肉に玉ねぎ、それにきゅうりとトマトがのったピリ辛の麺、ラグマンをオーダーする。麺を食べるのが久しぶりなうえ、味つけの具合がとてもアジアふうで、日本に近づいてきているのだということをここでもまた実感する。

隣の店がアイスクリーム屋だったので、食後に立ち寄ってアイスクリームをほおばる。砂糖の甘い味のするゆるいアイスクリームが、小さなコーンにのっている。

町は首都とは違い、夜になればすっかり暗い。ところどころにぽつりぽつりと灯のついた商店があるくらいだ。灯りもときどき暗くなってはまた明るくなり、ときにはぷつりと電気が消えるほどに不安定だ。

タクシーをつかまえて、真っ暗なNejameddin Kubra廟に立ち寄って、宿へと帰る。