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ガリフナ族。 – Dangriga, Belize

ダングリガの街はさほど大きくない。そして海も川も土と混ざってきれいだとは言えないが、それがこの街にそこはかとなく、のんびりとした雰囲気をもたらしている。

川のほとりの船では、男性たちが魚をさばき、それを狙うカッショクペリカンが大きなくちばしをもって集まっている。

昼食を食べに、橋を渡ったところにある市場に行く。洋服、日用品が売られている簡易な小屋を抜けると、Central Dangriga Marketという名の建物に着く。

果物や野菜の売り場のほかに、食堂が数軒並んでいて、そのなかで一番賑わっていたZalene’s kitchenに入る。

日替わり定食から、スプリットピー(細かくした干しえんどう豆)に豚のしっぽ(pigtail)の煮込みとご飯を注文する。ぎゅうぎゅうに混み合っている店内の、前の席に座っていた男性が「良いのを選んだね。」と笑った。

豚のしっぽもぷるんとしており、スプリットピーの煮込みはインドカレーのようで、よく口に合う。地元の人はこれにレストラン備え付けのケチャップやハバネロを思い思いにかけて食べている。

雨がぱらぱらと降ってきた。藁ぶきの家で雨宿りをさせてもらう。藁ぶきの下には大きな木がざっくりと彫られた船が二隻置いてあり、その傍らで女性が二人、鹿の皮とマホガニーの木でできた太鼓を作っていた。

スーパーマーケットに入って、ベリーズ産チョコレートミルクとダングリガ産と書かれていたピーナッツ・パンチという名のドリンクを買う。ピーナッツ・パンチのラベルには「BRINGS OUT THE MAN IN YOU」と記されている。

わたしたちが店を出て、チョコレートミルクの蓋を外そうとしていると、男性が近づいてきて
SHAKE WELL, SHAKE WELLと繰り返し言って、去っていく。
「シェイク・ウェル」。

この街のスーパーの店員の多くが中華系で、広東語がよく聞こえてくる。英語も話せずに移り住んでくる人も多いが、みるみるうちに言葉を習得するのだという。街のいたるところに18歳以下お断りのスロットマシーンセンターも見られ、ここもまた経営中華系ということが多い。

メイン通りを歩いていると、観光客向けにガラオンの太鼓や赤、緑、金、(黒)のラスタカラーの帽子などを売っているViola Jonesさんとその孫Antwain Rhaburnくんに話しかけられた。

ダングリガにはカリブ族と米大陸に奴隷として連れて来られた西アフリカ人との混血によるガリフナ族が数多く住んでいるが、二人はクレオールとよばれるアフロ・ヨーロピアンだという。

Violaさんはジャマイカとスペインの混血だが、話す言葉は英語とクレオール。孫のAntwainくんは学校でガリフナ語を学ぶので、それに加えてガリフナ語ができるという。

Antwainくんは、自分の身体より大きな、チェーンの外れた自転車に上手にまたがり、わたしたちをおすすめのパン屋さん、Norman’s Bakeryへと連れて行ってくれた。Normanさんは、ジャマイカ生まれで、ジャマイカとベリーズの混血なのだそうだ。

宿に戻って、部屋の前にしつらえてあるハンモックに揺れる。日陰に入るととたんに涼しく心地よい。

ゆっくりとしていると、「マヤ人」で、Trinidadというベリーズ内陸の町在住の男性が、作った自分の作品を見ていかないかと声をかけてくる。

夜ご飯を食べる前、焼きあがると聞いていたクレオールパンを買いに再びNorman’s Bakeryへ行く。閉店時間の19時を少し過ぎてしまったが、ちょうどNormanさんが店を出たところだった。わたしたちを見つけると、店の灯りを再度つけてくれ、クレオールパンを売ってくれた。クレオールパンはパンを作る際の水の代わりにココナッツミルクを使ったパンで、ココナッツの質がよいときは鼻を近づけなくてもふわりとココナッツの香りがするのだという。

夜はRiver Side Cafeに入り、Belikinビールと、Rice & Stew Beansに牛肉をオーダーする。

歯の抜けた、顔に苦労の皺をたたえたおじさんがレストランに入ってきて、この町にいるベリーズ人に比べ、中国人はよく働き、そして善良なのだとわたしたちに語り始めた。

長い演説の後に、言う。「ぼくは良い男だから、人からモノを奪ったりはしない。だから、3ドルくれ。」 わたしたちは、丁重にお断りをする。

彼は去り際にこぶしを作ってわたしたちに挨拶を求め、「Yah man(ジャマイカ英語でyes)」と言い残して出て行った。ダングリガはドレッドヘアーやラスタカラーのファッションなどジャマイカの影響を受けているのである。

ダングリガ住民の多くを占める、ガリフナ族の文化は、ユネスコの無形遺産に登録されている。

Vals’s hostelを経営しているご夫婦、DanaさんとSimeoneさんはお二人ともガリフナ族である。

お二人は、英語、クレオール、スペイン語にガリフナ語が話せる。二人で話すときは、クレオールを中心として言葉がミックスするそうで、ガリフナ語は主に他人に知られたくないことを話すときに使うそうだ。「Thank you」が「Seremeine」なのだから、秘密のことも話したい放題である。

ガリフナ族は若者も含め、この文化や言葉を守ろうとする高い意識があるのだという。誇りに思っているのだ。

Danaさんは、ガリフナの旗にも使われている黒、白、黄の色の服と、赤の格子柄の洋服を部屋の奥から引っぱり出して見せてくれた。1年に1度、今月19日の「ガリフナ入植記念日」のときしか着ないという。

Danaさんは「ダングリガをより良くするにはどうしたら良いか、もっと旅行者に来てもらうにはどうしたら良いか」とわたしたちに尋ねた。

ガリフナ料理であるHudutを食べたかったが、街のレストランでは金曜日か土曜日にしか提供されていない。特に伝統的な意味があるわけではなく、ただ週末は家で料理をするのが億劫な人が多いので、レストランが提供するのだという。旅行者はダングリガに来たら、ガリフナ料理を食べたいはずだ。

Danaさんは、他の人がやるのを待っていられない。わたしがやるわ、と少し興奮したように言う。Hudutを作るには、食用バナナを臼に入れて木の棒ですりつぶすのよとソファの横に置いてある臼をさし、重い木の棒をひょいと持ち上げてみせる。

Simeoneさんは空手家でもあり、KARATEと書かれたバッグも家にあった。空手に関わる日本語は知っているといい、わたしたちの去り際に「押忍、先生」と言って、こぶしを作って、肘を広げた。

外では今日も月が海を照らし、犬がわんわんと吠えている。