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2013年05月

お久しぶりの更新。

ずいぶん、ずいぶん長い間、更新していませんでしたー。

はっと気づけば、もう5月。外はぽかぽかあったかい。

またちょこちょこ更新していきますっ。

島。

今日も島は良い天気。
宿の自転車を借りて、ちゃりちゃりと、
評判の良いかじやベーカリーに出向く。

たっぷりのツナをはさんだパンやミックスサンド、
キャラメルフレークやミルクパンを買い求める。

店にはぞくぞくと客が入ってくる。

宿に戻って、温かなコーヒーをいただきながら、
パンをほおばる。

また自転車に乗り、島を走って、丸五商店で新島くさやを買い求める。
そこの女将さんも、東京本土からお嫁さんに来たという。
またすっかり島になじんでいるようで、はつらつとしている。
でも冬は風も強くて大変なのよと言った。

池村製菓で牛乳煎餅も買い求める。
このお店にも、村のあちらこちらにも「島婚」のポスターが貼られている。
島の男性が島外の女性をお嫁さんにするイベント。
かつてはナンパ島と呼ばれてもいたらしいこの島。
今はそのような風情は感じられず、静かで優しい島。

この島は、明治初期まで200年ほど、1000人余りの人々が流人として
流されてきた。

島にはその墓がある。

流人の墓は、となりの共同墓地よりも一段低い場所にある。
酒が好きだった人、かけごとが好きだった人には、
それとわかる墓のかたちがつくられている。

やや広い墓地で、迷っていると、地元の女性が
説明をしましょうかと案内をしてくれた。

この島では、迷えばだれかが手を差し伸べてくれる。

昨日健寿司さんで出会ったジャズミュージシャン、ハマちゃんと待ち合わせをして、
もやいずキッチンでキーマカレーを買い、
車に乗せてもらって羽伏浦海岸まで連れて行ってもらう。

あとは、カレーを食べ、みんなで海を眺めながらお昼寝をするだけ。

新島に何度も来ているハマちゃんお勧めの場所とあって、
東京にこれほどきれいな海があることに
あらためて驚かされる。

また来たいな。

ハマチャンは、沖縄の海も良いけれど、食を考えたら
こっちが良いと言った。

東京に戻る船の時間も近づいてきたので、
民宿沖さんの女将さんが沖交通という名のかかれたタクシーを運転し、
わたしたちを港まで送ってくれた。

若郷漁港にカラフルな船が着く。
その船は、海から浮かびながら、高速で東京に向かう。
東京に着くころ、空はまた赤く染まっていた。

島の人々

朝ごはんも焼き魚の他に、
昨日の刺身に島とうがらしと醤油で漬けたものが差し出される。
ごはんと良く合う。

釣り人は朝も早い。

宿を出ると、昨日港に迎えに来てくれた、寡黙だった男性が、子どもと遊んでいた。
優しい笑顔があった。
その男性は、鈴豊のお客さんで、
忙しいこの時期に、アルバイトとして
宿で働いているのだという。

宿の家族も、スタッフさんもみな楽しそうにしている。
女将さんも東京本土からお嫁さんに来たというが、
ずいぶんとなじんでいる。

宿からほど近い泊浦に出向く。
澄んだ海のほとりで、
かもめが死んだ魚をつついていく。

新島行きの船に乗るため、港に向かう。
20分ほどで到着するので、小さな船だ。

島からどんどんと離れていく船の甲板で、
島との別れを名残惜しんでいると、
鈴豊のお客さんがこちらを見つけて、
手をあげてジャンプをしてくれるのが見える。

みながここに通い詰める理由が、ある。

あっという間に新島に到着するも、
宿も予約をしていないわたしたちは、
島の中心に行くと思われるバスに飛び乗り、
乗客がどっと降りたところで、
とりあえず降りてみる。

そこから数軒の宿を訪問し、空いていた民宿沖さんに部屋をとる。
満室の宿も少なくなかったが、
なぜか島の道にはほとんど人気はなく、
しん、としている。

スーパーマルマンもまた弁当は売り切れていたので、
再びコロッケを買い求め、それからパックされた柏餅を買う。

この島には、イタリアのリパリ島とここでしか産出されない
コーガ石という石がある。

大きなその石が彫刻されて、島のあちらこちらにたたずんでいる。

宿から借りた自転車で坂をよいこらよいこらと上がり、
石山展望台に向かう。

コーガ石の採掘場もあり、転がっている石を拾うと、
これが軽くて、さくさくとしている。

広がる海の中で、式根島に向かう船が
右から左へと進んでいく。

この島にも、
湯の浜露天温泉という温泉がある。

だれしもが自由に入れるというので、
ビールをもった人やら子どもたちも
はしゃいでいる。

そのうちに、
海には、夕日が沈んでいく。
ギターを片手に夕日に向かって歌う人がいる。
釣りを続ける人がいる。

寿司を食べようと、
おすすめの寿司屋を探していたら、
訪ねた店の女性が、
健寿司という寿司屋を勧めてくれて、
そして、突然に、オレンジとりんごを手に持たせてくれた。
驚くわたしたちに、いただきものだからと言って、
店の奥へ引っ込んだ。

江戸前寿司を出す健寿司さんを訪ねる。
看板は、ない。
入口から中をのぞくと、寿司屋のようなので、
中に入ってみる。

ここも常連さんばかりの店だった。
看板を出さない理由を尋ねると、
面倒だから、と言った。

店を閉めると、板前さんは、常連さんと飲みに行った。

海と温泉と刺身と釣り人

いつもなら、ここで下田二日目となるところだけれど、
今回は、下田から伊豆七島の一つ、式根島に船で向かう。

朝ごはんは、クリームたっぷりのハリスさんの牛乳あんパンと、牛乳。

大きな船、あぜりあ丸に揺られること3時間半ほど。
神津島に立ち寄りながら、ある者はごろ寝をし、
ある者は甲板に出て、トビウオの飛ぶのを眺める。

船が到着すると、
今晩宿泊する鈴豊さんのバンが止まっていた。
寡黙な男性のようだった。
バンが走り出して、少ししてから、話をする。

宿に荷物を置き、レンタサイクル店で電動自転車を借りる。
島は坂が多く、自転車をこぐのはなかなかにきついと聞いていたものだから、
電動でということにする。

小さな商店、みやとらで、昼ごはんを調達する。

既に弁当は売り切れていたので、
コロッケやパックされた伊達巻、
クロワッサンを買い求める。

島の物価は総じて高い。

自転車に乗り、神引展望台を登り、広い海を眺める。
崖がそびえたち、緑が広がっている。

風の吹く中、買ってきた昼ご飯を広げる。
東京本土から来たという女の子たちもはしゃいで写真をぱちりぱちりと撮っている。

遊歩道をてくてくと歩き、
乾いた唐人津城までたどり着き、
てくてくと戻って、
再び自転車にまたがる。

式根島には自然の露天風呂が数カ所ある。
湯加減の穴に手をつっこんで、むわりとする空気に触れた後、
ずんずんと階段を下がって、最初の温泉、地鉈温泉に到着する。

湯は赤茶けて、熱すぎる湯の箇所もあり、ワイルドな風情である。
水着を着た人たちがちょうど良い温度の箇所に集まっている。
身体を浸して、手を底につけると、ぬめりとする。

足付温泉、松が下雅湯にも立ち寄る。
それぞれに、地元のおじいさんが入っていて、土地の話をしてくれる。
夕方5時になれば、毎日その時間に来るというおじいさんがやってくる。

すっかり温泉を満喫した後、鈴豊さんに戻り、夕飯となる。
この宿はわたしたち以外は全員釣り人だった。
この日に収穫してきた魚をそのまま宿でさばいてくれて、
夕飯の食卓でみながその恩恵を受ける。

鯛の焼き物、分厚い刺身が運ばれてくる。
それをぐびぐびとビールを飲みながらいただく。

どの客も常連のようで、30年以上通っている人もいるという。
そんな長年の釣り人でも、まだ一度も温泉を見に行ったことがない人がいるのだから、
釣りの魅力は奥が深い。

ゴールデンウィークの前半に鈴豊さんに泊りながら釣りをして、
一度東京本土に戻り、
後半に舞い戻ってきた人もいる。

下田のいつものコース

ゴールデンウィーク。
まずは、大好きな下田に向かう。
今回は、ひょんなことから東京駅から熱海まで新幹線に乗ることになり、
ぴゅーっと移動して、
それから伊豆急に乗り換える。

下田駅に到着して、宿を探すために、いつものとおり駅前の宿泊案内所のおじいちゃんを訪ねるも、もうその建物は、なくなっていた。

おじいちゃんが、いない。

別の観光案内所で宿を探すことにする。
でも、下田の人たちは、変わらず優しかった。
宿泊案内所のおじいちゃんは、今も元気にしているのだと教えてもらった。

大伊豆旅館を紹介してもらい、そちらに向かう。
Lonely Planetにも載っている宿だとあとから知る。
おかみさんは、その取材の話などをあっけらかんとしてくれる。

その後は、これもいつものコース。
浜辺に行き、海を眺め、寝転がる。
夏に比べて、まだまだ人が少ない。

ハリスの足湯に足を浸し、
美松寿司で地魚寿司をつまみ、大将と話をし、
その後太鼓判に移動して、いかのごろ煮やつくねやらをいただく。
ここでも大将と下田についての話で盛り上がる。

帰ってこられる場所。