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2014年08月

ずっしりパン

台北地元の方におすすめいただいた、
2008年アジアチャンピョンのTaiwan Longan with red wine bread。龍眼、胡桃がぎっしり、ずっしり。

Wupaochun
http://www.wupaochun.com

広島のバターケーキ

いただきものの、
広島銘菓 バターケーキの志おり。

シンプルで、丁寧なつくりで、カステラよりもしっとり。
長い列を並んで買ってくださったとのこと、ありがたい。

リノベーションホテルとたこ焼き – Osaka / Tokyo











泊まった宿は、Hostel 64 Osakaという、建築デザイン事務所が1964年に建てられたビルをリノーベションして運営しているホステル。

以前茶室だったところをシャワーに改修していたり、それぞれのフロア、個室にそれぞれのデザインが施されている。

ほとんどが海外の旅行客だそうで、曜日の影響は受けにくいのだという。

それから、新大阪まで電車に乗り、新幹線の駅構内のくくるでたこ焼きを買い、すんなりと乗れた自由席に座る。

そして、たこ焼きと、昨日出雲大社で買い求めた俵屋まんじゅうをほおばる。

新幹線ならあっという間に、東京だ。

出雲大社とコーヒーとお好み焼き – Shimane / Tottori / Osaka

朝は早めに起きて、宿からほど近い、稲佐の浜に立寄る。

ここは今でも旧暦10月10日に、神迎えの行事が行われている。

神在月には全国の神がここに降り立ち、出雲大社に集まってご縁にまつわる会議を行うのだという。

外はしとしとと雨が降っている。
そのせいか、人は、ほとんどいない。











稲佐の浜から車で5分ほどの出雲大社へ向かう。まだ9時頃でも、既に駐車場には多くの車が停まっている。

木製の勢溜の大鳥居をくぐり、祓社にお参りをし、鉄製の鳥居をくぐれば、松の参道が続いている。

参道の中央は、神様が通るので、端を歩く。

手水舎で身を清め、銅鳥居をくぐり、神馬、神牛をなでて、拝殿へ進む。











御本殿へは入れないので、八足門から、中を見る。
巫女さんや神主さんがそれぞれ儀式を行った後、雨の降る中、受け渡された傘を次々とさし、社務所へと入っていった。











御本殿をくるりとまわり、神楽殿の大きなしめ縄を見る。

雨がざあざあと降ったかと思えば、ぱたりと止んだり、そうかと思うとまた降り始めたりした。











勢溜の大鳥居まで帰ってきたら、昭和4年創業という出雲大社御用達の出雲そば処、かねやに向かう。

既に行列ができていた。

割子と呼ばれる丸い容器が3段重ねられた、割子そばをいただく。

基本のネギと海苔、もみじおろしがのっていて、そばつゆを上からかけるのだが、なかなかに辛い。

そばの実を甘皮ごと挽いているといい、コシが強くて、色も濃い。














再び車に乗り込み、宍道湖にかもめの飛ぶのを眺め、大雨の降る松江城と町並みを車の中から眺め、それから、安来のCafe Rossoへと向かう。

ずっと前にBRUTUSに、世界第二位のバリスタがいるカフェが島根県安来市にありました、と載っていたのを覚えていたからだ。

オーダーしたのは、カプチーノとロッソブレンド、そして木イチゴのケーキ。











バリスタの門脇洋之さんが、丁寧に、でも手際よくコーヒーを淹れ、それからパパッとラテアートを施して、愛らしいパンダをつくる。

その様はとても真剣な様子で、話しかけづらいかと思ったものの、恐る恐る覗いていると、「ぜひ、見てください」と小さな声で、おっしゃった。そして、また恐る恐る話しかけてみると、腰の低いこと、甚だしい。

もともとおじいさんの蕎麦屋さんのあった場所に、このカフェをつくったこと、イタリアの国旗の色をイメージしてつくったこと、家族それぞれが、別々のカフェを運営していること、バリスタ選手権のこと、これまでの道のり。

日暮里のイナムラショウゾウにもコーヒーを卸しているのだといって、名刺にそう書いてくれた。

私たちは、その人柄に、すっかりファンになってしまった。
アイスコーヒーのパックをいただいて帰る。

興奮冷めやらぬまま、再び車に乗って、レンタカーを返却し、鳥取駅まで店の人に、送っていただく。バスに乗る前に、カレーを食べたいのだと伝えた。鳥取はカレーの消費量が日本一だとガイドブックには書かれているのだ。

でも、その男性は言った。

今、鳥取は日本全国二位になったんですよ。とはいっても、そんなにカレーを頻繁に食べるというわけでもないんです。共働きが多いから、作り置きができるカレーが食べられているんだとは思うんですが…。

先日松江に仕事で日帰りで行ってきたんですが、あそこは何もないですね。広いだけです。僕は大して興味がないんです。

なかなかのことを悪びた様子もなく、淡々と語る。

駅に到着して、まだ少し時間があったので、1948年創業の老舗喫茶というベニ屋に駆け込み、チキンカツカレーをオーダーする。コクがあって、ぴりりとしている。

あっという間に平らげて、大阪行きのバスに乗り込む。20キロほどの渋滞に巻き込まれ、3時間で着くと思っていた大阪に、5時間弱かけて到着した。

宿に荷物を置いて、それでも、大阪の街へ繰り出して、お好み焼きを食べたい。

宿から歩いて心斎橋まで行けるというので、30分ほどかけて、お好み焼き・鉄板焼、ぼんくら家を見つけて、入店する。芸人さんもよく来店するようで、ユニークなネーミングのついたメニューが並び、大阪らしい。

ぼんくら焼きとネギ焼き、それにビールをオーダーして、店を出る頃には夜中の2時を回っていた。

日本海と砂丘と海の幸 – Tottori / Shimane

朝は中屋でいただく。中屋の女将は、親切だったり、気の利いたことを言ったりするものの、愛想があったりなかったりして、なかなかにユニークだ。お盆だから、他の者がいなくて、私みたいな不細工なのでゴメンね、なんて言う。

宿の前の薬師の湯で温泉を飲む。

三朝温泉の真ん中を通る三朝川のほとりのにある三朝の湯には、肌がしわくちゃになったおじいちゃんから、肌黒いおじさんから、眼鏡をかけた青年まで、裸をさらけ出して、湯につかっている。











1658年創業の西藤館には、皇居や靖国神社、竹島、北方領土などの方向が示され、旭日旗が掲げられている。取り返せ日本領土、日本人なら靖国参拝あたりまえ、と書かれている。

それを外国人がじっと眺めている。

国登録有形文化財指定旅館という大橋旅館に立ち寄った後、バスに乗って倉吉駅まで行き、そこからレンタカーを借りて、浦富海岸へ向かう。











日本海というと、荒れていて、冷たいという勝手なイメージがあったが、そこは、澄んでいて、沖のほうが青が深くなっている。遠浅で、冷たくなさすぎず、寄せる波を幾度こえても、すくっと立てば、とたんに足がついてしまう。

多くの海水浴客が来ているが、泳げるビーチも広いので、まるでプライベートビーチのように楽しむことができる。

犬を連れてくる人もいれば、BBQを楽しむ若者もいれば、家族連れで砂遊びをする人たちもいる。











ばしゃばしゃと水浴びを楽しんだ後は、車で、城原海岸、鴨ヶ磯海岸、網代展望台、千貫松島などを巡る。断崖絶壁のリアス式海岸で、浦富海岸とはずいぶんと印象が違う。

岩場でごつごつとしていて、海辺には、海藻がうちあがり、槍をもった人やシュノーケリングをするひとが海に入っていく。











すっかりお腹もへったので、鳥取駅近くにあるかろいちという市場の賀露幸に入り、特選海鮮丼をオーダーする。蟹に、かつおに、イカ、ほたてにいくらに山芋といった具材がのせられている。観光客を相手にしたようなお店だが、その外の市場は活気づいていた。











そこからほど近い鳥取砂丘へと向かう。事前に教えてもらっていた穴場の駐車場に車を停め、砂丘へと入っていく。砂丘の向こうに海があり、脇には車が通る道まで見える。

風でも飛ばされにくい小石などの周りの砂が、風に浸食されてできる砂柱というのがあちらこちらにできている。雨が降ったばかりで、砂は、風のかたちを受けて、つんつんと立って、固まっている。裸足で踏むと痛いくらいだ。











途中からざあざあと雨が降り出したので、引き返す。松の木が雨に濡れ、松ぼっくりを踏まないようにして歩く。

今日はこのまま出雲まで車を走らせる。日もとっくりと落ちて暗く、雨の降り続ける高速道路を走ること、3時間。着いた宿、白砂の女将さんがあたたかく迎えてくれた。

出雲大社の近くの宿をとったものだから、辺りで夜まで開いているレストランはない。出雲駅まで車を再び走らせると、人で賑わう店、山陰海鮮炉端かば、をようやく見つけた。

地元の若者たちで賑わっている。東京にも進出したんですと教えてもらったその山陰海鮮の居酒屋で、砂丘らっきょうや、キスのお刺身、大山ハーブ鶏のつくね、境港の蟹を贅沢に練り込んだというカニクリームコロッケ、琴浦ホルモン焼そばをオーダーする。

店の前には、タクシーやら代行やらが続々と到着する。

焼けた背中がひりひりと痛い。