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グアンタナモを愛するウィリアムくん。 – Guantanamo, Cuba

今日は朝早くに起きて、グアンタナモへ行くことにする。Viazul社のバス、グアンタナモ経由バラコア行きが7時45分に出発なので、それに合わせてバスターミナルへと歩く。

夜遅くまで賑やかな街が、朝早くからまた明るく活動しているのである。大通りでは大人向けジャズが流れ、バンドがスタンバイをしている。

てくてくと歩いていると、通り沿いに「グアンタナモ、グアンタナモ」と叫ぶおじさんがいた。そばには大きな赤いトラックが停まっており、荷台には既にぎゅうぎゅうとたくさんの人が座ったり立ったりしている。

聞くとそのトラックがすぐにグアンタナモに出発するという。荷台だと15MN、運転席の隣だと20MNだというので、空いていた運転席の隣に座らせてもらう。

高さのある席にえいと飛び乗る。運転手は若い男性で、行き交うトラックや荷台に乗る人々と手や顔で掛け合いながら、先へ先へと進んでいく。時折頭上横につながれているワイヤーをリズミカルに手でひっぱりクラクションを鳴らす。

前を走るトラックからまきあがる黒い煙がわたしたちのほうへなびく。朝もやに包まれた山々を窓の外に眺め、牛を連れた人や人々を乗せた馬車と、道を譲りあいながら進む。7時にサンティアゴ・デ・クーパを出発したバスは9時過ぎにはグアンタナモに到着する。

バスターミナルで、グアンタナモ米軍基地へのアクセスについてわたしたちが周りの人々に尋ねていると、基地で働いているという地元女性も含めて大変な議論となる。

みなが豪快に助言をくれた後、まずはターミナル近くの屋台でチョリソののったピザを食べることにする。ふっくらとしたパン生地にたっぷりのチーズとぴりっとした辛さのチョリソがのったあつあつのピザで、食事のまずいと言われるキューバだとは思えないものだった。

客引きお兄さんたちの一団にいたウィリアムくんがシトロエン車でわたしたちをグアンタナモ基地近くまで連れて行ってくれることとなった。高台から基地全体が望める場所を知っているといい、ここを訪ねる観光客をよく連れていく、と言った。

運転をしつつ、窓の外の数多くの友だちたちに挨拶をし、からかいあい、時には助手席に乗せる。ウィリアムくんはこの街で生まれ育ち、たくさんの親しい友だちがいる。その様子はまるでグアンタナモのドンだ。そして彼は言う。「グアンタナモはきれいだし、人がすごく良いんだ。グアンタナモが大好きだ。」

彼はロシアに6年ほど住んでいたといい、ロシアとキューバに奥さんとそれぞれ子どもがいるという凄腕の男性だった。前の晩は踊って飲みすぎた、広島に友だちがいる、イチローはすごい選手だと陽気に運転をしながら言う。

サトウキビ畑が広がる道を進み、米軍基地へと続く鉄路をこえて、そのうちに、雑草が広がる平地を走ることになる。道の途中にはキューバ軍基地へと続く入口も見える。はるか遠くのほうに山々が見えるが、あたりはあくまでフラット、だ。

ウィリアムくんがライセンスをもったきちんとした運転手であり、グアンタナモのドンであることがあたりでは知られているようで、数か所あるチェックポイントでも停止することなく通過できた。

米軍基地へと通じるゲートの外はキューバ軍がおり、米軍はその中の敷地にいるのだという。ウィリアムくんは、わたしたちを小高い丘へと連れて行ってくれた。

そこからは、遠くかなたに米軍基地やアフガニスタンやイラクのテロ容疑者の収容所があるグアンタナモ湾が見渡せる。赤く細長い建物と湾にかかる橋。近くの林から煙があがっている。

ウィリアムくんはこう言った。キューバ人はアメリカ人を嫌っていない。それは国の問題であって、個人個人は関係がない。僕にはアメリカの友だちがいて、Eメールでやりとりをしているよ。加えて、チェ・ゲバラはLOVEであり、カストロはFATHERである、と変わらぬ明るい調子で語ってくれる。

グアンタナモという町は、サンティアゴ・デ・クーバよりも明るい街に見えた。今、ここは建築ラッシュなのだという。入場制限があるかのごとく、商店に入るのに並ぶ人々がいる。冷房のきいた照明の落とされた地元レストランがあり、列をなす一組ずつが入店するときだけロックされた扉が開き放たれる。それでも、街はカラフルで人々はきらきらと闊歩していく。

わたしたちは教会のある中央広場で本場と変わらない味の国産コーラを飲み、近くの屋台でチーズスパゲティという名の麺を頼む。チーズスパゲティとは、ぷよぷよとした伸びきった麺がぷつりぷつりと切られて、味のない赤いソースとチーズがかけられた、おそらくミートソース風味のものである。

それからウィリアムさんと一緒に、古い建築物Salcinesを見て、お勧めしてくれた地元でも有名だというLa Venecianaという店でチーズたっぷりピザを頼み、立ち食いをする。こちらの人はピザを二つに折りたたみ、小さな厚紙でそれを手ではさんでサンドイッチのような形でじょうずに食べている。

その後ウィリアムくんは、馬車がずらりと並んだ停留所のそばを通り、「中国洪門民治党駐雲丹分部」(Min Chih Tang) 」という名の建物に連れていってくれた。建物のわきには中国の置物やお香が置かれ、メキシコ人だという年上の女性が大きな木の揺り椅子に腰掛け、揺られている。

こうしてウィリアムくんによるグアンタナモの一日は終りを告げ、ESTACION DE OMNIBUS GTMOのバスターミナルへと戻る。するとウィリアムくんの知り合いの、同名ウィリアムさんがTOYOTAの四駆でサンティアゴ・デ・クーバまで人々を乗せていくというので便乗する。

1時間半程でサンティアゴ・デ・クーバに到着し、夜の19時半にトリニダー行きViazul社バスが出発するまで街を歩いていると、サルサとピアノと語学を学んでいるという日本人のさとみさんに声をかけてもらった。

お勧めのBendita Farandulaというレストランを教えてもらい、Lomo ahumado con pinaという豚肉にパイナップルののった料理をCristalビールとともに頼む。パンや豆の入った黄色いご飯にバナナ、サラダやポテトがついていて、さすが馴染みやすい大満足の食事なのだ。

きちんと時間を守る空調完備抜群のViazul社バスは、定刻1分前、に適度の冷房をつけて、出発するのである。