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思いのほか、のキューバ - Havana, Cuba

今日は、朝から雨が降っていて、肌寒い。

キューバンアートをみられる国立美術館キューバ芸術館を訪ねる。

Antonio Gattornoの「Quires mas cafe, Don Ignacio?」 (1936)では、木の部屋の中に座っている薄い水色のワンピースを着て、首飾りを身につけ、頭には白い花をつけて微笑む女性の左手には煙草があるあたりがキューバらしい。

Augusto Oliva Blayの「El Malecon」(1929)やReni Portocarreroの「Homenaje a Trinidad」(1951)や「Paisaje de la Habana」(1961)を通して、キューバの街並みが当時とほぼ変わっていない様子を垣間見ることができる。

宗教画から現代アートまでを展示しているのだが、宗教画も含め西洋絵画の影響が色濃い。宗教画においては、十字にはりつけられたキリストが登場し、キューバの生活習慣や文化、街並みがいかに西欧諸国の影響を強く受けているのかが再認識することになる。ただそれも時代とともに、徐々に、変わっていく。

Marcelo PogolottiはFordismo o El acaparador. De la serie Nuestro Tiempo, 1930-31としてTHE FORD TIMESやFORDS STORE、FORD FACTORIESと書かれた店に人の集まっている絵を描く。

Rafael Zarzaは「El rapto de Europa」と題して1968年に牛とそれに乗った片腕の女性と薬の瓶を描く。

Manuel Mendiveが「Barco Negrero」と題した1976年の絵では、大きな船の下に首をつながれた黒人が詰めこまれ、その上に白人が立っている絵を描く。

Consuelo Castanedaは「Boticelli, Hokusai y lus tiburores」と題して1988年にボッティチェッリのヴィーナスの誕生と葛飾北斎の冨嶽三十六景、そして魚のオブジェをくっつける。

Jose Angel Toirac Batista, Tanya Angulo AlemanはCuba campeonと題して1991年にCubaのボクサーの手の位置にUSAとユニフォームに書かれたボクサーの頭を描く。

国立美術館からほど近い海に沿ったプエルト通りに、伊達政宗の家臣で、慶長遺欧使節として送り出され、日本人としてキューバに初めて降りたった支倉常長の像がある。宮城県に3つのお墓が残されており、シンプルな日本風庭園に佇む常長さんの足元には仙台まで11,850mと書かれている。

キューバの人たちは、思いのほか日本についてよく知っていた。マツザカ、イチローと名前を列挙したり、柔道マスターだという人たちもいる。いくども日本の「ヤギチャン」を連発されて、ほら、映画の、と言われるのだが、いまだにこの「ヤギチャン」は誰だか分からない。「ジャッキー・チェン」を日本人だと思っているのかもしれない、と勝手に想像する。

今日で残念ながら授業も終わり。図らずもいろいろな話を聞くことができた、おちゃめな先生だった。

Enriqueさんの家も自由な空気が流れていて大変に居心地が良かったけれど、授業も終わったので、先日道で声をかけられたMiguelさんに紹介されたClaraさんの家に今日は移動することにした。

Claraさんに会いに宿を変えたようなものだったが、到着してみると、いるはずのClaraさんは明日まで帰ってこないという。

夕食は23通りに面した1965年創業のEl Cochinitoで、「豚肉ステーキCochinitoスペシャル」をいただく。ハバナ・クラブにCarta Blanca、マラスキーノのリキュール、パイナップルジュースで作るカクテル、ハバナ・スペシャルと、周りの客がよく注文していたMalta Bucaneroをとあわせる。Malta Bucaneroは黒い色をしており、Bucaneroビールの黒ビール版かと思ったら、甘い甘いソフトドリンクであった。

大きな豚肉をそのまま焼き、ポテトと黄色いライスがついてくる、おおらかな料理で、いかにもキューバらしくて良い。最後にレシートを見てみると、金額が合わない。

キューバではレシートはよく確認すべきとアドバイスを聞いていたが、キューバのレストランでは、にっこり笑顔のウェイターさんが、軽やかにひともんちゃく起こしてくれるのである。

夜は、きんきんに冷えたモネダ・ナショナル系ビールCaciqueを飲みながら、眠ることにする。雨が強まり、先ほどまで家の周辺一帯に響き渡っていた爆音音楽もひっそりと音をひそめていた。

キューバは、思っていた以上に、人々が奥ゆかしくて、シャイで、礼儀正しくて、言い回しが少し遠まわしで、きれいずきな国だった。明日には、キューバを離れなければならない。