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巨大船が上下する。 – Panama City, Panama

宿でトーストとバナナとコーヒーを食べてから、パナマ運河の水門の一つ、ミラフローレス水門に向かう。

パナマ運河は長さ80kmに及ぶ閘門式の運河で、その間に存在する海抜26mのガトゥン湖など標高差のある湖を利用するために、運河は高さの異なる水路を設けている。3つある、水位を調整するための開閉式水門を通り、船は進んでいくのである。

宿からは5月5日広場に行ってバスに乗り、ターミナルでCOOP SACA行きのバスへ乗り換えをする。

コンテナの並ぶバルボア港を見ながらバスに揺られていると、隣に座った男性がプレゼントだといって、ターラ・ブランカ像の描かれた紙をわたしたちに差し出した。裏には「ターラ・ブランカ、長寿の仏」と書かれている。そしてまた周りの若いカップルに、ミラフローレスに到着したら、わたしたちに知らせるように告げてくれる。

到着したミラフローレス水門近くの駐車場には、ワニが出没するかもしれないので気をつけるようにという看板がたてられている。

ボーイスカウトの子どもたちが乗った船や、「NO SMOKING DANGEROUS CARGO」とうたうMEKONG STARと名の船、HOEGH KOBEと書かれたシンガポール籍の大型船、WALLENIUS WILHELMSENの船、コンテナ船などが次々と水門を通っていく。

船の上からは乗船者がこちらに向って手を振り、時折こちらから拍手が沸き起こる。

水路幅ぎりぎりのとてつもなく巨大な鉄の塊である船が、両端を走る車両にロープでつながれながら、徐々に水位の下がる水面とともにその姿を下げていき、水路の高さが同じになった後に水門が開かれ、次へと進んでいくのである。

この一連の作業が約1時間ほどかかる。船の中の人々は飲み物を飲んだり、話をしたり、それぞれにそのゆっくりとした時間を過ごしている。

時折大雨がざっと降り、そしてまたすぐに晴れる。鳥はかまわず、辺りを飛んでいる。

帰り際に、こちらが日本人だと知ったミラフローレス水門の従業員は、日本の野球は強い、と親指をたてた。

豚の皮を揚げたチチャロンやチョコレートアイスクリームをつまみながら、宿に向かう。

バスで宿へと戻ってくる最中に、国旗のかけられた棺が、オレンジ色の消防車に乗せられて運ばれていくのを見る。赤い花でつくられた大きな十字架がたてかけられ、多くの人々が後を追って歩いている。

3度パナマの大統領を務めたArnulfo Arias Madrid氏の国葬を行うため、棺が旧市街のカテドラルへと運ばれていた。警察官がカテドラルを取り囲み、一般市民も数多く参列している。町のあちらこちらに赤白青の旗が掲げられている。

こうして宿に戻る。

コロンビアへのボート手配をお願いしようとしていたRaffaさんが、Ingrid夫妻が自分に無断で他の客の予約を受け付けてしまったため、席を確保できなくなったと語気を強めて言った。

ボートを所有するというのは豊かな人の成せることだと言い、船のオーナーはドイツ、フランス、スペイン、オーストラリアなどの人々が多いのだという。自分も大したことのないボートを持っているが、いつかもっと良いボートを買いたい、と言った。

今は、チュバスコという波が荒い時期であり、カタルヘナまでは行く船は少ないが、他のボートを紹介すると続ける。

わたしたちは9日に出港予定のボートをもつCaptain Jackに手配をお願いすることにした。

夜ご飯を食べに、再びレストラン・コカコーラを訪れる。先日と同じように近くの店でアトラス・ビールを買って飲む。このビールもまた、味の軽いビールである。

注文をしたAlbondigasは、トマトソースのかかったミートボールであり、セットであるナポリタンふうのパスタはぷよぷよとしている。それにお決まりのポテトフライがついている。

店の付近で警官に呼び止められ、パスポートの提示を求められ、そしてまたこの辺りは危険だから気をつけるよう忠告を受ける。世界遺産にも登録されている旧市街で、何人にも危ないから気をつけるよう言われる。この街には、拳銃をもった警察があちらこちらに大勢いる。

国葬が行われ、警察が行き交い、大音量のディスコテカもある、パナマシティの一日である。