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蘭州から起きた奇跡 – Lanzhou / Chengdu, China

蘭州といえば牛肉麺、ということで、老舗の馬子禄牛肉麺館までバスに乗っていくことにする。途中、バスの窓から、日本語で味千ラーメンと書かれたところもあれば、浜崎あゆみさんが表紙を飾る雑誌のポスターも貼られている場所もあるのが見える。

バスを降りててくてくと歩き、近くにいた人に道を尋ねる。すると、その人は、近くまで連れていくからついてきなさい、と言う。そしてどの国から来たのかと聞かれて、日本ですと答えると、ようこそいらっしゃいました、と笑顔を向けられる。お礼を言って、中国では日本人は歓迎されないこともあるので嬉しいですと伝えると、中国には「遠くの親戚より近くの他人」ということわざがあります、日本は中国の隣人なので、友だちとして関係を築いていかなければなりません、とまた微笑んだ。

こうして馬子禄牛肉麺館までたどり着き、定番の牛肉麺をオーダーする。入口で買い求めて、紙切れを奥の厨房へ手渡すと、一人のシェフが慣れた手つきで丸まった麺粉をびよんびよんと伸ばして麺をつくり、それをひょいとわきの鍋に入れる。

それを隣のシェフが時間をみて、また慣れた手つきで取り出して、椀に入れて、スープをかけ、小切りにした牛肉や香菜、それに調味料をぱぱっとかけて、ひょいとカウンターに置く。

わたしたちはなみなみと注がれた真っ赤なスープの入った椀をそろそろと持って、テーブルに運ぶ。

手でこねられ、太さのそれぞれ違うもっちりとした麺に柔らかい牛肉の小切りが、喉がぴりりと辛くなるスープが絡まり合う。ポットに入れられたお酢をまたとぷとぷと注いですする。辛さにじんわりと暑くなる。

店内は、通い慣れたふうの地元客で賑わい、一人客も少なくない。従業員たちも昼のまかないに、テーブルごとにかたまって牛肉麺を食べ始めた。

身体もじんわりと暑くなったところで、白塔山公園に向かう。黄河は、黄色く濁っていて、川辺には多くの人々がおしゃべりを楽しみ、ときにアイスクリームをほおばっている。

中山橋を渡った先にある白塔山公園には、いくつもの楼閣が建てられている。石の階段をてくてくと上がっていくと、そのうちに寺の向こうにモスク、そして黄河の向こうには高層のビル、そして建設中のビル、といくつもの空気が重なり合って蘭州という街を造り上げているのが見渡せる。

公園の階段をてくてくと上がって下ってきたご褒美に、小豆ミルクアイスをほおばる。

今日はこれから列車に乗って成都に向かう。この列車のチケットは、蘭州へ到着した3日に駅の窓口で買ったものだが、そのとき既に「席無し」チケットしか買うことができなかった。中国の列車は、「軟らかいベッド」「硬いベッド」「軟らかい座席」「硬い座席」「席無し」とチケットが分かれているが、そのどれもが朝から晩まで満席、買えるチケットは16時半発の「席無し」チケットしかなかった。ほとんどの列車は「席無し」のチケットまで完売されていた。

「席無し」となると、よほどの根性でスペースを座るスペースを抑えないかぎり、21時間ほどの時間を立ったまま過ごすことになる。

蘭州の駅の前は大変な混雑ぶりで、敷物を敷いて座り込んでいる人もいる。そして、荷物検査を待つ人の行列が既にできている。そこを通り抜け、さらに大きな駅の中をプラットフォームへと急ぎ、指定されていた車両に飛び乗る。列車の入口から既に立つ人でいっぱいだ。

トイレとごみ箱の前にしかスペースがなく、そこに鞄を置く。通路はぎゅうぎゅうになっていて、床に座り込むスペースもない。鞄をおさえながら、立ったままいると、フルーツやお菓子にドリンクを販売員ががらがらと荷台にのせて押してくる。そうなると、混乱はさらなる混乱をきたし、鞄を端にぎゅっと寄せて、身体を壁にぺとりとつける。そのすぐそばでは、煙草を吸うおじさんがいて、そしてまた吸い終えた吸いがらを足元に落として足で踏みにじるおじさんがいる。

こんな状態で21時間、立ち続けるのは、なかなかに大変だ。
半ば、途方に暮れる。

そんな状態が20分ほど経ったころだ。

大きな鞄とともに突っ立っている外国人のわたしたちは目立ったのか、添乗員の女性が、どこの国から来たんですか、と聞く。

長旅になるこれほど混雑した列車の中で、日本人だとは恐ろしくて言えない。
たびたび中国でそうしてきたように、今回も、韓国人だ、と口にする。

すると、さほど広くはないけれど、ここよりは良い場所があるからついてきなさいとスタスタと乗客おしのけ、前へと進んでいく。

鞄をしょって通路に立つ人をかきわけ、ようやくたどり着いたところは、がらんどうの食堂車だった。30元足せばここにいて良いですよ、とその女性は言った。

各テーブルには造花が飾られ、清潔な白いカーテンが窓にかかっている。外国人だから、優遇しちゃいます、ここを使って良いですよ、とふくよかなその女性は言って、どうぞ座りなさい、熱湯が欲しければ、熱湯もあるから、注いで飲みなさい、と言った。電源も、ある。

通路に歩く人のいるたびに、立ちっぱなしの身体を少しひかなければならなかったのが、突然にがらんどうの豪華食堂車に座れることになった。

営業時間外の食堂車は、中国人乗客が入ってきても追い出されていて、添乗員の人々しかいない、静かな車両だ。それが7時を過ぎたころになると、続々と人々が来て、炒め物に白飯などを食べていく。

商店で買ってきた鶏肉のソーセージに、チョコレートのお菓子、それに棗やカモミールティーをほおばりながらいると、22時から6時までは夜食のサービスがあり、30元を支払えば、「席無し」チケットを手にした人々もそこに座席を確保できるという。

これが、添乗員の女性がわたしたちに伝えていた30元のことだった。本来の夜食サービス時間を、外国人のわたしたちには時間を広げて食堂車の席を提供してくれていたのだった。

こうして22時ころになると「席無し」チケットの人ばかりで食堂車の座席は埋まる。そして夜食サービスが配られる。薄い食パンを2枚にゆで卵、それに粉ミルクをお湯で薄めたミルクに、薄くてほんのり甘いコーヒー。

車内では、角度によって浮かび上がる紙や本などが、添乗員によって売られていく。

それから1時間もすれば、灯り続ける電気の下、テーブルにつっぷして眠る人、腕組みをして眠る人、がはがはと笑いながら話し続ける人と、いろいろに分かれていく。

食堂車を出てみると、廊下まで乗客がびっしりと座っていた。