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黄龍での駆け足散歩と飛行機に乗れなかった日 – Huanglong / Chengdu, China

今回宿泊をした新九寨ホテルというのも、また安宿続きだった私たちをじっくりと癒してくれた。

朝食は、ソーセージや炒めものにお粥や豆、各種パンに、鮮やか過ぎるほどのジャム、ジュースにコーヒー。それにザーサイや卵など。最後にはゴマクッキーや砂糖菓子。

昨日、交渉をしておいたタクシー運転手が7時45分には迎えに来てくれて、それに乗って、黄龍へと向かう。山々は霧がかかっている。

重厚な石造りの家にはまんじが描かれ、塔には色とりどりの旗がかかげられ、はためいている。途中の雪山梁でタクシーを一度降りる。ここは、黄龍へと向かう最高地点に位置していて、4007メートルと書かれている。空気が薄く、頭がふわりとする。慎重に下っていく。車も人も多い。

山間をタクシーは走り抜け、九寨溝から2時間半ほどで、黄龍のチケット売り場へと到着する。そこから、ロープーウェイに乗り込んで、300メートルほどを一息に上がり、標高3500メートル地点へと降り立つ。

3500メートル付近はより一層肌寒く、上着を着る。これほどの標高に、父親よりも母親のほうが心配だったものの、母親はぴんぴんとしていて、どちらかといえば父親のほうが応えている。

途中に空気を吸える場所がいくつかあり、そこに腰をかける。細い透明の管を鼻の穴につっこみ、枕のような袋に入った酸素を押し出して鼻に入れていく。効果のほどはわからず、きゃきゃとはしゃぐばかりである。

高山植物からなる緑深い山の中を、てくてくと歩く。露が木の葉にかかり、きらりと光っている。平坦な道が得意で、さきほどまでぴんぴんと歩いていた母親の足が、一番の目的地である五彩池への数段の登り階段を前に、足が止まる。高度は得意でも、上がり坂が苦手なのである。

んびりと歩いたつもりはないものの、そんなこんなで五彩池到着までに2時間ほどかかる。今日はこれからまたタクシーに乗って空港に行き、成都に戻る飛行機に乗らなければならない。先を急ぐ前に、クッキーなどでお腹を満たしつつ、あとは一気に下り坂を急ぐことにする。タクシーの運転手と待ち合わせをしている麓まで、1時間で下らなければならない。

ところどころの寺で止まることもほとんどなく、多くの観光客をかき分け、どんどんと下がる。途中、雨が降ってきたので、傘をさしながら歩く。山の天気はよく変わるのである。

こうして待ち合わせより15分ほども遅れて、ようやく運転手と合流。途中、電話をかけようにも電話がなく、出口で携帯電話をお借りして、運転手に急いで電話。心優しいドライバーで、きちんと待っていてくれた。朝より機嫌がよさそうだ。

雨の降る中、タクシーは空港へと急ぐ。なかなかにタクシーは飛ばし、わたしたちの身体は右へ左へと揺れる。こうして、時間十分に空港へと到着し、やれやれと、コーヒーとクッキーで一息つく。

さて、落ち着いたところで、搭乗手続きに入る。パスポートは、ビザ延長のために成都に置いてきているので、行きと同じようにパスポートのコピーを提示する。

そして、成都空港と同じように、公安担当を訪ねるように伝えられる。同じように、訪ねる。

すると、公安担当が、パスポートのコピーでは搭乗はできない、と言う。国際免許証を見せても、ダメなものはダメだと言う。

そこから長い交渉が始まった。空港職員は言う。パスポートのコピーでは搭乗させられない。

ビザ延長の際には、他の都市に行ってはいけないという決まりがあったと思うから、オリジナルパスポートをビザ延長のために預けているとも言えずに、とにかく成都のホテルに置いてきた、と言い続ける。

タクシーに乗って成都に戻るか、バスで戻るしかない。バスは、今日は、もうない。

明日、日本帰国へのフライトを抑えている親には成都に今夜中に戻ってもらわなければならないので、とにもかくにも先に行ってもらうことにする。

そうしているうちに、日本語が話せるという男性が、興味津津の様子で、助けますがと言ってきた。こちらは必死なものなので、鼻高々風の助けは不要だと言った。

親がせっかく日本から来てくれて、今夜が中国最後の晩なのだ。
成都に戻ったら、火鍋を食べようとさきほどまで盛り上がっていたのだ。
親は休暇をとって、はるばるここまでやってきてくれたのだ。
成都からはパスポートコピーで搭乗できたのに。

交渉は続く。入れ替わり立ち替わり、様々な職員がやってくる。日本語が話せるという通訳者に電話がつながり、また鼻高々風に助けます、と言う。

こういう交渉時は、ほどほどに言葉が通じない方が良いのだ。

どうにかなるかもしれないというかすかな望みを頼りに、交渉を諦めなかった。途中、父親が霧のためフライトの離陸時間が遅れているということを言いに、関門を乗り越えて、戻ってきた。

落ち着け、次のフライトをつかまえれば良い、解決方法を見つけるから安心してください、優しくも期待を持たせるような言い回しを見せた警察官たちにほんの少しの希望を見出しても、いくつかの部署に電話をして交渉している様子があっても、それは最後まで結局だめなままだった。

霧のためか1時間ほど遅れてフライトは出発したものの、乗り過ごしてしまった。

こうして、私たちはタクシーをつかまえて、成都に戻ることにする。
最後には、今までノーと言い続けた警察官たちが、わたしたちにいくらかの紙幣を寄せ集めて、持たせてくれた。そして、ぜひまた中国に来てくださいね、と言った。

公安の友だちだというタクシー運転手まで手配をしてくれた。

タクシーは暗い夜道を飛ばしていく。松藩といった古都を抜けながら、しんとしたタクシーは東へと急ぐ。 
途中に車がつまっているところがあれば、さささとUターンをして引き返し、また別の小道から先へと進む。まっすぐに前を見たタクシーは迷いなく、走る。

そんな強気の運転手が、成都の街に入ってきたとたんに、どうにも自信のないような運転を見せた。

工事中で進入禁止の道があちらこちらにあり、運転手は根をあげて、わたしたちに降りるように言った。そして、自分はこれから戻らないといけないから大変なんだ、成都の道はよく分からない、ここで降りて成都のタクシーをつかまえなさい、と言って降ろされた。

やれやれ。

まあ、いい。とにもかくにも成都まで戻ってこれたのだ。こうして、別のタクシーに乗り換えて、親の泊るケンピンスキーホテルへ。

出発したのが19時半、ケンピンスキーに到着したのは夜の1時半をまわっていた。それでも、とにかく戻ってこれたのだ。

紅茶を淹れて、日本のお菓子やらいちじくやらをつまみながら、シャワーを浴び、ほんの少しだけ横になって、朝を待つ。