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イランのテヘランで出会うトルクメニスタン大使 – Tehran, Iran

バスは9時ころにイランの首都テヘランの西バスターミナルに到着した。ここから市内バスに乗り、Darvazeh Dowlat駅でメトロに乗りかえて、エマーム・ホメイニ広場近くの宿まで向かう。道を聞けば、その場所まで地元の人々がついてきてくれる。イランは人が優しい、と旅人たちが口を揃えて言うその姿がバスを降りた瞬間から垣間見える。

バスもメトロも入口から内部まで男女に分かれている。メトロ内では女性が男性エリアに入ることには寛容なようだが、男性が女性の入口に近づこうものなら、係員に注意される。車内でも透明の仕切りが設けられている。バスはメトロ以上に男女がくっきりと分かれて乗車している。メトロの駅には祈りの部屋が設けられている。

そしてまたイランでは、イスラム法に則って女性は公の場で髪を覆うことが義務付けられていて、ヒジャブで髪を覆って、腰が隠れるほどの丈のマーントーをはおったり、全身をチャードルという黒い布で覆わなければならない。

宿に荷物を置いてから、宿の近くのGhahremaniレストランに入って昼食をとることにする。なにしろラマダンがもうすぐに始まるので、昼間にレストランでとれる食事の一つ一つがとても有り難い。

チキンをこんがり焼いたものとマスを揚げたマーヒー・グズルアーラー、それにまったりとしたバターがチーズのようにからまるバターライス、そしてバーベリーの実、ゼレシュクとサフランライスののった白いご飯に野菜スープ、それからぶつぶつのついた薄いパンに生たまねぎのセットをオーダーする。

テヘラン滞在の一番の目的は、トルクメニスタンビザを取得すること。トルクメニスタンというと、独裁国家というイメージで、ビザが取得できないこともあるとか、ツーリスト・ビザはツアーに申し込まないと取れないから個人旅行の場合はトランジット・ビザしかとれないとか、とにもかくにも不穏なうわさをよく耳にしていた。

しかもトルクメニスタン大使館の所在地情報が最新のものなのかどうなのかさえ、よく分からない。

そんなわけで、午前中で閉まるトルクメニスタンの大使館であるものの、一度下調べをしに遠路はるばる出向くことにする。

大使館までは、近ごろ延長された地下鉄で近くまで行くことができるようになっていた。でもこうして地下鉄が延長されようと、駅に掲げられた路線図は昔のままで切れているので、またややこしい。

最寄だと聞いていたTajrish駅も路線図にはのっていない。新しい駅だからのっていないということが、電車に乗って話しかけてきた家族の話で明らかになってくる。そのTajrish駅で下車をして、手書きの地図だけを頼りに大使館へと向かう。

すると、またイランの男性が、どこに行きたいのか、どこの国から来たのか、日本か、日本は良い、その場所まで連れて行きます、といった、イランの人々のホスピタリティ溢れる会話そのものを投げかけてくる。

その男性は、イラン人男性に課せられる兵役2年をあと2カ月で終えようとしている男性で、家族は今ドバイにいるのだという。静かにただてくてくとわたしたちを大使館まで送ってくれる。兵役は悪くない、と言った。

その男性の案内があってもなお遠回りをして1時間半ほど歩いた末にようやくトルクメニスタンの大使館に到着した。その扉は閉められていたものの、まだ大使館にいた職員が顔を出してくれた。トルクメニスタンの大使館員などと聞けば、国の印象そのものの、いかついふうかと思っていたら、意外にもフレンドリーなようすだ。

トルクメニスタンではソ連時代の影響もあってウォッカを飲むし、服装もイランほど厳しくなく「オープンな国です」と言う。そして、食べものも人もトルクメニスタンの全てが恋しいとその職員の男性は言った。

こうしてトルクメニスタンに対する印象をわずかに変えながら、メトロ駅まで、より短い道のりで歩いていくことにする。

話しかけてきた身体つきの良いおじいさんは、イラン航空のパイロットでもあり、レスリングのチャンピョンでもあるそうで、そのIDカードをみせてくれる。そして、わたしたちをバス停まで送ってくれて、いちごアイスまでごちそうをしてくれた。重い牛乳さえ持っていなければ一緒にバスを待つんだけどごめんね、と言いながら、家に帰っていった。付け加えるように、イランの政府はとにかく悪い、前の政府はまだ良かったのに、と言う。

その後も群馬に住んでいたイラン人2人や川崎に住んでいた人、大阪にいた人など、過去に日本に住んでいたイラン人に次々と話しかけられる。

大使館から駅までの道沿いにSayehBookという書店があり、立ち寄る。洒落た雰囲気の数人の若者たちが働いている本屋で、こちらが日本人だと分かると、俳句を読んでくださいと、俳句の書かれた書籍を開いた。そして、俳句、芭蕉、一茶、能や歌舞伎にも興味があるのだとまたモダンな髪型をした男性は言う。書店には俳句のコーナーが設けられ、英語やペルシア語に訳された俳句集が置かれている。

書店でアルバイトをしている女性と明日また会うことを約束して、本屋をあとにする。メトロに乗ってSaadi駅で降り、アイスクリームを食べながら歩く。イランのアイスクリームは美味しいと聞いていたとおりに確かに濃厚で、ミルキー。地元の男性同士だって、仲良くスイーツ盛りを食べている。

イランでは女性は髪を隠さなければならないのにもかかわらず、まだスカーフを持っていなかったので、今日は一日帽子をかぶってやり過ごしていた。だから髪を隠せるものを買うために、近くのバザールに向かう。路地には、さまざまな洋服が並んでいる。全身を覆うチャドルも試着してみたものの、どうにも暑くて動きがとりづらそうなので、黒いヒジャブとマーントーを購入する。マーントーは、やはり中国製。

フェルドウスィー通りをずんずんと南下し、夕食はエマーム・ホメイニ広場近くの食堂でいただく。チキンにピクルスやトマトにレタスのプレートと、ケバブのサンドイッチをオーダーする。イラン料理は味付けが濃いからか食べたあとに喉がかわいてくる。食後に近くの商店で「カナダ・ドライ」のオレンジ味のペットボトルを買い求めてぐびぐびする。メイド・イン・イランのカナダ・ドライ。炭酸が上品で、すっかり気に入る。